驚き桃の木カスターニャの木14☆工場 | 星の輪ネットワーク

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金 銀花の独学パン工房 .
山ぶどうから生まれた自家製天然酵母で焼くパンを楽しみ、緑に囲まれて暮らすワンダーフルな日々の出来事を綴ります。

新年明けましたおめでとうございます。

昨年つれ合いの出身地を訪ね文化の違いなどに驚く事がいっぱい有りました。

その事を書き始めて、昨年中には終わりたかったのだけどね。

出来ませんでした。

でも作文中での私のたびももうすぐ終わり年をまたいで

終わりまで書かせてくださいね。

それではフリーマーケットの後工場を見学したときのお話です。

どうぞ。。。。。

工場

フリーマーケットを早々と後にして、

私たちは待ち合わせの場所に急ぎました。

ファクトリー見学だというのです。

正直言ってちょっと戸惑いました。

ファクトリーを見学して面白いの?

それより何よりそのファクトリーは何のファクトリー?

それさえも判っていないのです。

ファクトリー=工場と

頭の中で直訳しているものだから

姉妹達は一体何を見たいと思っているのか想像もできませんでした。

今日は五月の特別規格でガイドが無料で説明してくれるのだそうです。

ガイドがつくファクトリー。

ふだんは有料のガイドが常駐しているファクトリー。

さあ、私たちは一体何のファクトリーを見学するのでしょうか。

もちろんつれ合いには尋ねましたよ。

一体何を見に行くの?って。

その答えがあまりにも私の小さな脳みその予想を超えていて

答えを訊いているのに想像出来ない、のでした。




自分の知らない出来事を想像するのって案外難しいと知りましたわ。

で、そのファクトリーは一体どんなものだったのか。

もったいぶらずにお話ししましょうね。

それはね、銀細工の工場でした。

銀細工の工場と聞いてあなたはその工場を想像出来ますか?

たぶん無理だと思いますよ。

日本にもこんな工場が有ったでしょうか?

私の暮らして来た世界では見た事も有りません。

そこで主に何が作られていたか?

それはね教会の数々のお道具なんです。

お道具とと云うとおちゃらけて聞こえるかもしれませんが、

燭台に始まって祭司の頭飾りやロザリオとか、金銀の聖杯だとか、

教会には様々な銀製品があるのですね。

キリスト教教会にあまり縁の無い私に想像出来る訳がないですよね。

何しろこの街には11世紀頃に建てられた大聖堂もあります。

その周りには数々の宗派の大小さまざまな教会がひしめいているし。

需要ははいっぱい有ったのでしょう。

教会の仕事に携わる銀細工師が自然と集まって暮らす事になりました。

組合を作ってお互いの職を守りながら共存して行く道を歩んでいたのです。

そうして近代になると、

金銀細工の需要は教会だけではなく資本家達や一般市民までも

装飾品などを求める時代になりました。

産業革命後資本主義が台頭し、

金持ちが権威の象徴に金や銀で装飾品や、食器、携帯品を作り持つ様になったのです。

産業革命後資本主義が台頭し始めた時代となりますね。

注文は引きも切らず、

需要が増えると共に仕事が機械化されて行ったようです。

スチームを動力に

それまで手で打たれていた金や銀の板が

重たい鉄の固まりを落とす事で人力に変わる様になりました。



19世紀中から20世紀はじめまで

工場は多くの銀製品を作り出したようですね。



この大成功した工場が有ったおかげでこの街は大きく発展したのでしょう。

以来国の中でも有数の金銀細工師が集まる地域となり、

関係職業も多い事から今ではゴールドスミスの街と呼ばれています。

つれ合いの友人にもこの街出身のデザイナーが居て、

彼女は東京でも個展を開いたりしていると云っていました。

今度来日した際にはぜひ我が家に泊まりに来てねと伝えてきました。

そうですか、

教会のお道具をね。

それは想像を絶していましたわ。

皆さんもそうは思いませんか?

お寺のお道具を作っている工場。

例えば坊さんがお経を唱えながら叩く金属の鉢。

あれはやっぱり工場製でしょうね。

ただ私の知らないだけで、きっと何処かに江戸時代から続く工場みたいなのが
あるのかもしれませんね。

そう考えると夢想は広がります。

が、夢想は夢想なのでそれに費やす時間はありません。

という具合に、

このファクトリー見学は思いがけず中々興味深いものになりました。

この無料見学ツアーには二十人くらいの人が参加していたのでちょっとビックリ。

そうか無料だからこんなに集まっているのか?

それともふだんからけっこう入場者が多いって事?

よく分かりませんが、小一時間に渡るガイドの説明を聞きながら小さなファクトリーの中を並んで歩き当時の道具や機械を見て回りました。

百年を越えるときを経て今なお使えそうな鉄製の道具達。

スチームを動力にして分厚い皮のベルトで様々な機械を作動させていました。

機械というものがこの当時から発達していたお国柄を感じます。

スチームを産み出す燃料になる石炭は幾らでも地中に眠っていました。

ガンガン石炭をたいたのでしょうね。

その時代の街の空気はきっとあまりきれいじゃなかったかもしれませんね。

その工場も案外街の中に有りましたね。

それに重たい鉄の固まりがどすんどすん落ちる音、

ベルトがギコギコ回る音、

いろいろ騒音も激しかった事でしょう。



遠くの街から多くの人が働きに来ていたようですから、街の発展には貢献した事間違い無しです。
ですから今でもこの古い建物が
ミュージアムとして残っているのでしょう。


そう、ファクトリーではなくミュージアムと云ってもらえば

もっとピンと来たかもしれませんが、

しかしミュージアムだときれいに展示された展示品を見るイメージです。

私たちが見たのは150年前くらいに実際に稼動してた工場の施設をそのまま残したものなので

油が沁み込んだ鉄の道具など目の前で見る事が出来ました。




細かい作業をするのに手元を明るくする為に

手元の向こうに水の入ったガラス容器を置いて

午後の日の光りが反射して手元が明るくなる様に工夫していた事などです。





知恵を使って様々な道具を創造していた事に驚きました。

それとスチームの動力を伝える為の革のベルトの分厚さです。

40センチ幅くらいの分厚い皮をカスガイのような金具で止めてありました。

大きなホッチキスの針みたいな感じです。

動物の皮を使う発想が果して私たちの国の産業にどれだけ有ったのでしょうか?

私はこの分厚い皮になんだかとても驚きました。

思わず皮を剥がれた動物の事を思ってしまったくらいです。

なぜでしょう?

約一時間に渡る工場見学を終え,私たちは街の中央にあるアイスクリームショップへと向かいました。

その日は本当に暑い日ですでに午後四時近くというのにまだ汗を拭く程暑いのです。

妹達はもう夏の格好でした。

素足にサンダル、そして半袖のTシャツ一枚です。

アイスクリーム屋は予想通りたくさんの人が並んでいます。

街一番の人気の店なのでふだんでも日曜日には人が並ぶお店なのです。

が、今日は誰もが驚くような暑さなのでいつもに増して長いライン。

お店の人も何人ものスタッフが次々と注文をこなして行きます。




私はヒンベリーとココナッツのツーボウル。

ヒンベリーはラズベリーの事で真っ赤なアイスクリームでした。



























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