住んでみたいと思う国は?
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ニューヨーク、昔住んでいました。
マンハッタンですよ。
一年弱だったけど、思い出の地です。
初めて行ったのは
千九百八十五年の事でした。
偶々アメリカのオレゴンに居てそこで出会った日本人がニューヨークに住んでいる兄に会いに行くと言うので私も同行させてもらいました。
マンハッタンのダウンタウンに住んでいた友人の兄はマッサージの仕事をしながらもう十年以上もアメリカに住んでいる人でした。
一月ほどアパートに間借りして滞在したその一年後、私はもう一度ニューヨークへ行こうと決めていました。
その時はアメリカに移住する覚悟でした。
始めは前の年にお世話になった友人の兄のアパートに身を寄せました。
でも直ぐに彼の彼女に嫌がられて移ったのがYWCAでした。
そこは身寄りがない年寄りや行き場の無いご婦人方を救済する施設で、マンハッタンの中では格安の宿泊施設です。
部屋は一部屋で、バスルームと小さなキッチンを向こう側の部屋の人と共有して使うスタイルでした。
こちらが使用中は向こうのドアをロックするのを忘れずにいないと行けません。
週払いの宿泊施設でキリスト教系の施設ですから小綺麗で良かったです。
でも滞在が一つを過ぎた頃お金が底をついてきて
アルバイトでもしない限り生活できなくなりました。
そこで兼ねてから話に聞いていた日本食レストランで働くことにしたのです。
面接は直ぐに通り、仕事で着る着物一色を買いました。
全部で百ドルくらいだったとんじゃ無いでしょうか。
レストランは五十丁目の六番街だったと記憶してます。
YWCAは二十四丁目のセカンドだったので仕事が終わってからタクシーで帰るのはいつもちょっとした冒険気分でしたね。
当時はお酒も飲んだし、店が終わってから仲間と一杯、覚えたばかりのビリヤードを楽しんで帰りは大抵酔っ払い🥴
危険いっぱいと言われたマンハッタンでよく何事もなく
好き勝手できたものです。
流石に毎日タクシーも疲れてきて暫くしたら職場の隣のラジオシティアパートメントに部屋を借りました。
築百年を超える古いアパートです。
多分今でもあるんじゃ無いでしょうか。
その後また別のアパートに移ったりして一年近く、日本食レストラで働きながらニューヨーク生活を満喫しました。
年が明けた一月末訳あって日本に戻る事になり直ぐにまた今度はインドへと旅立ったのです。
若い頃はバックパッカーですよ。
リュックを背負って一人旅。
青春してました。
あの頃はどこでも住めると思ってたし、多分今でもそう思っていますよ。
今はここがとても気に入っているからどこにも行きたく無いけどね。
今日はニューヨークも日という事で久しぶりマンハッタン暮らしの頃を思い出しました。
思い出話を書き出したら明日の朝まで書き続けそうなのでこの辺りで締める事にいたしましょう🤫

