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秋になると、あちこちで運動会が開かれます。

 

徒競走にリレー、玉入れ、綱引き……。

 

子どもの頃、

運動会の日を楽しみにしていたという方も多いのでは。

 

ところで、そんな運動会。

 

「日本では、いつ頃から始まったの?」

 

日本の運動会の歴史をたどってみると、

今から150年以上前の明治時代に行われた、とてもユニークなイベントに。

 

その内容を知ると、びっくり!!

 

「えっ、これが運動会?」

 

なぜなら、そこには……。

 

油を塗った豚を追いかける競技まであったからです。

 


日本初の運動会は、今から150年以上前

日本で初めて行われた運動会とされているのが、明治7年(1874年)3月。

 

東京・築地にあった海軍兵学校寮で開催された、

「競闘遊戯会」です。

 

イギリスの海軍学校で行われていたスポーツ行事を

参考にして開催されたとされています。

 

今の運動会といえば、学校の校庭で行われるのが当たり前です。

 

当時はまだ「運動会」という言葉も現在のようには定着していません。

 

そんな時代に開催された競闘遊戯会には、

全部で18種目もの競技が用意されていました。

 

ところが、面白いのは競技の数だけではありません。

 

その名前が、とにかく変わっているのです。


「すずめのすだち」って、いったい何?

たとえば、

「すずめのすだち」

という競技。

 

かわいらしい名前ですが、

実は12歳以下の生徒が参加する150ヤードの徒競走。

 

「つばめのとびならい」

こちらは15歳以下の生徒による300ヤードの徒競走。

 

「あきのむくどり」

16歳以上600ヤードの徒競走。

どうでしょう。

 

「徒競走」と聞けばすぐにわかりますが、

「すずめのすだち」

と言われたら、何の競技なのかさっぱり分かりません。

 

昔の人は、競技にこんな風情のある名前をつけていたのです。

 


名前だけでは競技内容が想像できない!

ほかにも、

「とびうおのなみきり」:幅跳び。

 

「ぼらのあみごえ」:高跳び。

 

「ふるだぬきのつぶてうち」:玉投げ。

 

いったい何の競技なのか、名前だけでは想像するのが難しいです。

谷も、

「てふのはなおひ」=二人三脚

 

「とんぼのかざがへり」=棒高跳び

「さぎのうをふみ」=三段跳び

 

まるで昔話に登場する遊びの名前のよう。

 


そして登場する、とんでもない競技

今ではほとんど考えられないような競技も。

 

卵拾い競走。

 

おんぶ競走。

 

目隠し競走。

 

ところが、その中でも特に驚かされるのが……

 

「豚追い競走」です。

 


油を塗った豚を追いかける!

豚追い競走とは、その名のとおり、豚を追いかける競技。

 

ただし、普通に豚を追いかけるわけではない。

 

子豚の体に食用油を塗っておくのです。

 

参加者が必死になって豚を捕まえようとする。

 

ところが、油で手が滑る。

 

「よし、捕まえた!」

と思った瞬間、

スルッ……。

 

豚が逃げる。

 

また追いかける。

 

そして、ようやく捕まえようとすると、

またスルッ……。

 

これは見ている側からすると、かなり面白かったことでしょう。

 

この競技は見物人の笑いを誘ったと伝えられています。

 

現代の運動会では、まず見ることのできない光景です。


なぜ、こんな競技が行われたのか?

現代の運動会は、「走る」「跳ぶ」「投げる」といったスポーツ競技が中心です。

 

当時の競闘遊戯会は、それだけではなかったようです。

 

競技そのものを楽しむだけではなく、

見ている人も楽しめる娯楽的な要素が強かったようです。

 

今でいえば、スポーツ大会とお祭り、

アトラクションを一緒にしたようなものだったのかも。

 

「誰が一番速いか」

だけではなく、

「見ていて面白いか」

という競技も登場したのでしょう。

 

油まみれの豚を追いかける競技など、まさにその象徴です。


しかも、賞品が豪華だった!

さらに興味深いのが、競技の賞品です。

 

当時は、種目ごとに賞品が用意され。

 

カバン

ステッキ

ナイフ

などもあったそうです。

 

今の運動会なら、賞状やメダル、トロフィーなどを思い浮かべますが、

ところが150年ほど前は、もっと実用的な品物が賞品だったわけです。

 

「この競技で勝ったら、あれがもらえる!」

そんな思いで、参加者も競技に熱が入ったのかも。

 


150年前の人たちも、運動会を楽しんでいた

明治時代の「競闘遊戯会」は、現在の運動会とはかなり違っています。

 

よく考えてみると、共通しているところも。

 

形は違っても、

「みんなで集まって、体を動かし、競争し、楽しむ」

 

という運動会の原点は、150年前も変わらなかった。


もし今の運動会に「豚追い競走」があったら?

ちょっと想像するだけで笑いが止まりません。

 

運動会のプログラムを開くと、

「午前10時 徒競走」

「午前10時30分 玉入れ」

「午前11時 綱引き」

 

そして……

「午前11時30分 豚追い競走」

校庭には、油を塗られた子豚。

それを必死に追いかける参加者。

逃げる豚。

転げ回る観客。

 

……今では、とても実現しそうにありません。

 

でも、150年前の日本では、

そんな珍しい光景が実際に運動会の一場面だったのです。

 

普段何気なく見ている運動会にも、

実は長い歴史があったってことですね。

 

 

 

 

 

 

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9月25日。中秋の名月。

 

夜空を見上げると、

月がぽっかりと浮かんでいる。

 

月を見ると、いつも「かぐや姫」を思い出す。

 

月へ帰ってしまったかぐや姫を、地上に残された人々は、

どんな気持ちで見送ったのだろう。

 

寂しさだったのか、憧れだったのか。


それとも、いつか自分たちも月へ行けるのではないかという、

かすかな希望だったのだろうか。

 

今の人間は月へ行ったことを知っている。

 

宇宙船が地球を離れ、

月面に人の足跡を残したことも知っている。

 

それでも、月を眺めていると、

科学では説明しきれないロマンを感じる。

 

それはきっと、月があまりにも長い時間、

私たち人間のそばにあるからだろうか。

 

文字を持たず、遠い古代を生きた人々も、

今を生きる私たちも、同じ月を見上げてきた。

 

 

もしかしたら、「かぐや姫」という物語の奥には、

そんな月を見上げた人々の、遠い記憶が眠っているのかもしれない。

 

今夜も月は、静かに輝いている。

 

その光を眺めながら思う。

 

物語とは、忘れられた記憶が、

夢の姿を借りて残ったものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベッドの中で目を覚ました瞬間から、

頭の中では「今日のスケジュール」という名の時計が動き始める。

洗濯機を回すタイミング、

朝食の準備、ゴミ出し、掃除、買い出し、

そして夕食の献立——。

 

主婦の日常は、誰に指図されるでもなく、

終わりなき「すること」に追われ続けている。

 

かつておせち料理は

「正月に女性を家事から解放するため」に生まれたと言われるが、

それすら怪しいものだ。

 

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年末の買い出しや料理、

前払いで過酷な労力を差し出しているに過ぎない。

 

だからこそ、私が本当に望むのは「何もしない一日」だ。

 

家事のすべて放り出し、時計の針を気にせず、

ただボーッと窓の外を眺めて過ごす。

 

布団のぬくもりを心ゆくまで味わい、

お腹が空いたら手軽なものを口にし、頭を空っぽにする。

 

人生で最高の贅沢とは、高級な旅行でも品物でもなく、

そんな「何もしない時間」を自分に与えてあげることなのだ。

 

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総社市上林の国分寺近くにある、

こうもり塚古墳と江崎古墳内部が公開とされてると聞き訪ねた。

 

付近では赤米が実っておる

 

こうもり塚古墳は、6世紀後半につくられた前方後円墳。

 

 

全長約100メートルという大きさもさることながら、

圧倒されるのは後円部に築かれた巨大な横穴式石室だ。

 

確認されている横穴式石室の中では,

全国第3位の規模だそう。


前方後円墳で

長さ約19.9メートル。大きな石を組み上げたその姿は、

1500年近い時を経てもなお、当時の姿を伝えている。

 

石室の中へ進むと、玉砂利が敷かれた空間が広がる。

 

ここに井原市で産出した浪形石の家形石棺や陶棺、

木棺が納められていたという。

 

 

 

 

 

 

さらに大刀や馬具、土器など、多くの副葬品も見つかっている。

吉備を代表する大首長墓と考えられるという。

 

薄暗い石室に立っていると、ふと想像してしまう。

 

この場所に眠った人物は、いったいどんな人生を歩んだのだろう。

 

どれほどの人々に見送られ、どんな思いでこの墓に葬られたのだろう。

 

巨大な石室は、ただの「古い遺跡」ではない。

 

そこには、吉備を治めた大首長の存在と、

それを取り巻いた人々の営みが眠っている。

 

1500年前の扉を、

ほんの少しだけ開けてもらったような気分になる。

 

遠い時代の息づかいがロマンを感じる。

 

 

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久しぶりに、

実家のお墓参りに行ってきました。


今回は夫も一緒です。

 

実家の兄はもういません。

 

今は九十を過ぎた義姉が、

頑張って暮らしています。(隣は娘の家)

 

普段、用事もないのに実家へ行くことはありません。


「今日は何しに来たの?」と思われそうで、

なんとなく足が遠のいてしまいます。

 

でも、お墓参りとなると違います。


「お墓参りに来たんだから」と、

少し大きな顔をして実家へ行くことができます。

 

義姉がいつまでも元気でいてくれれば、

こうして実家へ行くこともできるのでしょう。

 

けれど、義姉がいなくなれば、

私が実家へ行くことも、きっとなくなります。

 

代が変われば、実家とのつながりも、

少しずつ薄れていくのでしょうね。

 

そう思うと寂しいけれど、これも時の流れ。


家も、人も、少しずつ世代交代していくものなのかもしれません。

 

久しぶりに夫と二人で手を合わせながら、

そこにいた人たちのことを思い出しました。

 

 

お墓参りは、

ご先祖さまに会いに行くというより、

私自身が「ここにいた時間」を確かめに行くことなのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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