(
前回
の続き)
■入浴
前にも触れましたが、皮膚科の患者にとって、入浴も治療のうちでした。
1人30分。
基本は入浴なので、浴槽にお湯を溜めて、体を洗って、ちょっとお湯に浸かって、浴槽を洗剤で洗って、体を拭く。
ここまでで30分。
ここで推奨していた入浴は、石鹸を刺激を与えず自然に落とす意味での入浴なので、体が温まらない程度に5分位の短時間です。
代謝アップや汗をかいて自律神経を整える入浴療法とは違います。
私は、昔から普通の浴槽洗剤がダメで手袋をしても匂いで顔が赤く痒くなっていました。
その為、入浴は止めて最初からシャワーのみにしていました。
また、肌の状態やその人によって、湯船に浸かったり、シャワーにしたり、石鹸を使わなかったり、方法は様々だったのを覚えています。
患者さんによっては、お湯にしっかり浸かって汗を流すのが、肌にも気分的にも快適だという事で、きっちりと入浴している人もいました。
この辺は、肌と相談して、先生にアドバイスを仰いで、本当に人それぞれだったと思います。
悪化したら変更する、改善したら継続するという方法でした。
私の場合はと言うと、ビランから分厚い皮へと少しずつ肌表面が変化して来た時期(4ヶ月半くらい)に合わせて、乾燥を促進する為に1日置きのシャワーに切り替えました。
基本的には、滲出液が多い時期は、感染防止の為に表面に石鹸を乗せて流すという方法を取り、感染で膿や倦怠感が酷くシャワー等の移動が辛い時期は、1~3日程度の脱風呂して抗生剤を服用していました。
滲出液は蛋白質の塊なので、石鹸を使わないと感染しやすいです。
コンタクト等も、蛋白除去しないと目に感染症を起こしたりしますよね?
ですが、感染してしまうと滲出液の増加、発熱や倦怠感で体力的にも辛く、入浴等のちょっとした動作でも疲れが溜まってしまいます。
疲れが溜まると回復が遅れる事もあるので、自分の体と相談して、休む時は休み、動けるところから動かす!
私の場合は、それくらいの気持ちで、出来るだけ体に負担にならないような方法を取っていました。
また、滲出液が痂化したり分厚い黒い皮が形成されたりしてくる時期によく注意されたのはコレ…。
『洗い過ぎ、すすぎ過ぎで、この皮を落としてしまわないように』。
そんなつもりは無かったんですけどね。
そりゃもう優しく優しく洗ってたんだもん。
この痂や厚皮も蛋白質の塊です。
痂や厚皮で蛋白質の蓋を作って、その下で皮膚を育てる意味合いがあります。
この蓋を入浴で無理に剥がしてしまうと、また蓋の作り直しから再スタートとなってしまう為、この辺は先生に何度も注意を受けました。
■症状の変化
私は、入院の1ヶ月前から頭皮、耳、足、手と順番にステロイドとプロトピックを絶って行きました。
そして入院初日から全身の脱ステ、脱プロ、脱保湿を開始。
入院直前の肌は、胴体部分から足にかけてパンパンに浮腫み、胴体は真っ赤、足は落屑が始まった状態。
胴体からは常に湯気が出ていました。
モワーンと胸元から湯気が上がって来るんです(笑)
突然滝のように汗をかいて瞬時にして服がびっしょりとかも、よくありました。
頭皮と耳は入院直前1ヶ月の間に、滲出液が溢れて真っ黄色の痂になったところでした。
入院後、薬を止めると直ぐに、胴体部分(お腹と背中ぐるりと一回り)、首、腰、お尻、お股(笑)が真っ赤になり、滲出液がじわじわと増えて行きます。
一旦止まった耳や頭皮もまた少しぶり返します。
日に日に、ジワジワからジクジク、そしてベトベトへ。
刺激臭、痒み、痛み、日に日に増すばかり。
足はパンパンに腫れたまま、5センチくらいの大きな亀裂が無数に出来ました。
ももから膝下までは、この亀裂がびっしり。
もちろん滲出液もセットです。腕と手も亀裂が無数に出来て滲出液がにじむタイプでした。
顔は、不思議と、10日目くらいに頬と目が赤く腫れて滲出液が出て来たなぁと思ったところで、なんと腫れは止まりました。
目元は常に腫れぼったかったですが、昔行った脱ステの時のように顔全体がズル剥けにはなっていません。
その後は、目元から顎までが白い大きなウロコ。
生え際と額が、滲出液でジクジクか黄色い痂でバリバリでした。
これが最初の2ヶ月。
2ヶ月後半で少し滲出液が乾いて来たと喜んだのもつかの間………。
ホントつかの間。
残念ながら3ヶ月目からが本当のピークでした。
胴体部分前面(胸から下腹部にかけ)感染症を引き起こしたのをきっかけに、前述した患部全て、滲出液が一気に増して、吹き出しました。
滲出液の匂いも色も強烈になり、胴体部分全体がズル剥けで皮膚が無かったので、シーツもその下のマットも朝まで黄色くびっしょりと濡れたまま。
濡れたシーツの寒さと痛みで何度も目が覚めていた時期でした。
この時期は、熱は平均37度後半くらい、感染が酷い時38度後半、身じろぎせず黙っていても息切れや目眩が頻繁に起こり、体中に重力を感じて倦怠感が酷かったです。
私の場合、3ヶ月目~4ヶ月目にかけてがピークで、4ヶ月目からはビラン状だった面が少しずつ乾き、真っ黒な分厚い皮が胴体を覆うようになって来ました。
入浴のところで触れた、皮や痂の蓋が作られて来たのはこのくらいです。
もちろん、蓋の下で最初に育つのは、皮膚とは言えないような脆い皮膚です。
皮膚構成も粘膜に似たような『正常な皮膚』とは違ったもののようです。
この蓋が自然に剥がれる頃、また新たな蓋が出来て、その下では前よりも少しだけ成長した皮膚が育てられています。
気の長くなるような待ち時間に感じましたが、実際にはこの4ヶ月目~5ヶ月目にかけ、かなり激しく脱皮を繰り返しました。
両生類から人間に突然変異したような気分でした!
まぁ、厚い皮に覆われてる時点で人類とちょっと違いますけど(笑)
この脱皮の皮、初めての人はびっくりしますが、「なんじゃ!こりゃーー!!!」な分厚く黒くしっかりとした皮です。
焦げ茶がかった灰色でヒトから落ちた物体とは思えん代物です(笑)
でも、それが普通です。
そして、脱皮を繰り返す事により新しく見えて来た皮膚は、以前より色味、質感共に少しずつ確実に成長していました。
人間に変異してからは、皮膚の世代交代という感じで、どんどん新しい皮膚に変わって行きます。
この世代交代は、落屑期(分厚い皮が落ちる時期)が一番顕著で、粉期(皮が次第に小さく薄くなり最後には白い粉になる時期)には停滞したように感じます。
ですが、落屑期、粉期を通って来て分かった事ですが、粉期の後には塵期が来ました(笑)
私は、丸4ヶ月で退院したので、退院後の話になってしまいますが、5ヶ月目はビランや痂や小さな落屑が入り交じり、6ヶ月目くらいから部分的なビランを除き粉期。
そして8ヶ月を経過した今は塵期です。
見た目には乾燥肌程度に見えますが、ベッド枠や棚やテーブル、私がいる場所にはすぐにチリがうっすら積もります。
脱いだ服を払うとフワッとチリが舞います。
痒みの経過はというと、最初の3ヶ月間は『身体中ナイフで引っ掻き回したい生き地獄』。
4ヶ月目からは少しずつ『痛痒い』というごく人間らしい感覚に目覚め出し、6ヶ月目くらいから『かい~!!』という単純な痒みに変わりました。
私の場合は、こういった経過を辿りましたが、脱ステの場合、離脱症状は人それぞれです。
他の入院患者さん達も、症状は本当に様々でした。
よく言われる塗っていた期間、塗り方、塗っていたステロイドのランク、プロトピックを併用したかでも経過も違えば、出る炎症タイプも違いました。
そういった関連性を調べて、離脱症状を予測する事自体が大変難しいのかもしれません。
先生からは、脱ステ直前に使っていた薬によって離脱症状の激しさが変わるようだという話も聞いた事があります。
その観点から考えると減ステという方法も選択肢の一つなんでしょう。
ただ、減ステ自体も『楽に減らす』というのは難しい話。
経験者の方からはやっぱり辛かったという話を聞きます。
そして、個人差というのはどうしようもなく付きまとってしまうので、最終的には入院中、退院後の経過は人それぞれという事でしょうか。
■入院期間
これまた、人それぞれ(笑)
私は4ヶ月、他の患者さんも1ヶ月前後から2ヶ月、半年、それ以上と様々。
私が居た間では、1ヶ月半から2ヶ月くらいが一番多かったように思います。
この違いは、私の主観だけでは何とも言えませんが、年齢の違いというのはあるかもしれません。
中学生とか10代の場合は圧倒的に経過が早かったです(笑)
他には、自宅で1ヶ月程度耐えて来た場合等、入院して1日のリズムがつかめると見る見るうちに回復していったというパターンもあったかと思います。
実際の期間はそれぞれなので、あくまでも患者同士、内輪で話していた内容ですが、年齢や薬の使用期間、使用した薬は関係あるねという結論でした。
■退院と通院
退院日の儀式と言えば、先生と一緒に写真を撮る!
もちろん、私も撮りました。
明日から診察が無いなんて変な気分。
せめて毎朝写真に向かって話しかけます。
この写真、携帯にも入ってますが、待ち受けにはしてません。
悪化したら待ち受けにして毎日拝むつもりでした。
が、幸い拝む程の悪化はありませんでした。
そして、自宅のように過ごして来た病室。
いつしか当たり前になっていた、アトピー仲間がすぐ側にいる環境。
退院日はやっぱり嬉しさと寂しさが入り交じって複雑でしたね。
そういえば、誰かが退院する時は、みんなで退院祝いをしてました。
食事制限が無かったのをいい事に、ケーキを買って来てみんなで食べたり、外食したり(笑)
診察以外の退院当日の処理は、荷物整理や支払いくらいなので大抵午前中には全て終わります。
私はせっかくの大阪なので、退院後、そのまま観光して帰って来ました(笑)
他の患者さん達と万博記念公園へ。
一時期はどうなる事かと思ったけど、回復すれば外出も出来るようになるし、外出すれば肌もまた回復する。
退院までの長い道のり、過ぎてみればあっという間で、辛いばかりでなく、いい思い出もたくさん出来ました。
退院後の通院はと言うと、通える場合は、最初のうち2週間から1ヶ月置きに通う場合も多いようですね。
悪化した場合は感染症の有無を診てもらったり、日常生活を再確認したり、順調に回復しているのか診てもらったりなのかな?
退院後の患者さんが、通院日に立ち寄ってくれて、退院後の注意点を教えてくれたり、一緒にごはんを食べに行ったりという事もありました。
私は、退院後、大きな悪化はありませんでしたが、プチ悪化時期や停滞期なんかに受診して、先生に「ようなってる」って言ってもらいたかったな(笑)
そういえば、退院前にある看護師さんから、「よう頑張ったなぁ。退院して、もしも同じくらい悪化したとしても、絶対に乗り越えられるから自信持って」と言われた事がありました。
私はすかさず「同じくらい悪化したらもう耐えられませんって~。だからもうあんな悪化はしません。」って。
で、お互いそこから引かず、「自信を持て」「悪化はしない」の同じやり取り5分間(笑)
看護師さんは、「あなたには何があっても乗り越えられる強さが身に付いたのよ」っていう意味で言ってくれたはずです。
ありがたい事です。
最初からずっと見ていてくれたからこその言葉。
でも、私『言霊』信じてるんですよ。
気持ちは嬉しかったけど、言葉には出来ないんです!(笑)
お気持ちだけ頂いておきました。
(もうちょっとだけ、つづく)