トルコ紀行(その3)エフェソスの遺跡 | 御木白日のブログ

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学習院大学 仏文科卒業。大正大学大学院文学博士課程修了。
詩人活動をとおして世界の平和に貢献。

 古代ギリシャや古代ローマの遺跡がよく保存されているトルコ西海岸のエフェソスを訪ねました。かなり強いにわか雨に会いましたが、通訳の方の案内が適格でしたので、遺跡の重要さ、楽しみ方を味わうことができました。
 エフェソスは2015年に世界遺産になっていますが、今も遺跡の発掘がつづいています。
 トルコの西海岸はエーゲ海に面していて、その向う側はギリシャ本土です。トルコ西海岸は古来、イオニア地方と呼ばれ、エーゲ海文明圏、その後の古代ギリシャ文明圏に属していました。ホメーロスの叙事詩「イーリアス」で有名なトロイアもトルコ西海岸です。
 エフェソスの遺跡は往時の繁栄ぶりを彷彿(ほうふつ)とさせるものでした。ここにはクレオパトラとアントニウスが新婚旅行に訪れたということでした。
 映画『300<スリー・ハンドレッド>』はペルシャ戦争(紀元前5世紀の前半)でスパルタ王レオニダス以下300人の勇士がペルシャ帝国のクセルクセス大王の率いる大軍相手に勇戦し、全滅したテルモピレーの戦いをCGを駆使して壮大に描いたものでした。
 ペルシャ戦争の発端はミレトス、エフェソスなどのイオニア地方のギリシャ植民都市がペルシャ帝国に反抗した「イオニアの反乱」でした。イオニア地方のギリシャ植民都市はギリシャ本土のアテネやスパルタに助けを求めたのです。
 パリのルーブル美術館の大ギャラリーにダヴィト作の『テルモピレーのレオニダス』の大きな絵が展示されているのをご覧になった方は多いと思います。同じダヴィト画く『ナポレオンの戴冠式』や 『サビーヌの略奪』の隣りに展示されていました。
 「旅人よ、行きてラケダイモン人にかく伝えよ。われら、汝らの命によりここに眠ると」(ラケダイモンはスパルタの別称です)と刻まれた碑がテルモピレー山中の戦跡に建てられていたことはモンゴルのウランバートル近郊の日本兵捕虜の方々の慰霊柱を訪ねたときのブログに書きました(平成23年(2011年)8月4日「モンゴルに旅して」)。