御木白日のブログ

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学習院大学 仏文科卒業。大正大学大学院文学博士課程修了。
詩人活動をとおして世界の平和に貢献。

 8月13日千葉県各地で「線状降水帯」が発生したため記録破りの豪雨となり、雷が加わり、甚大な被害が出たことが報道されました。

 

 千葉の隣りの東京都では大して雨も降らなかったため、このような局所的な空模様、気象状況には信じられないものがありました。

 

 ところで「線状降水帯」という新しい言葉にはいろいろ感ずるところがあります。このたび千葉で発生したような豪雨を私たちは、これまで「集中豪雨」という言葉で表現してきたと思います。「集中豪雨」という表現が「線状降水帯」の発生という表現へと進歩発展したといえそうです。

 

 「集中豪雨」と「線状降水帯」とでは、どこがどう違うかです。「特定の場所に短時間に大量の雨が降る」という現象を素朴にそのまま表現しいているのが「集中豪雨」でしょう。

 

 それに対して「線状降水帯」という表現は、そのような集中豪雨はどのような気候条件の下で発生するかという、その原因を気象学的、科学的に表現する言葉といえます。

 

 ある自然現象をギリシャ神話のように神話的に説明するのではなく、その原因を科学的言葉によって表現するということは、その発生を予測したり、対策を講じたり、その予防方法を解明することの可能性が開かれてくることです。

 

 言葉の持つ大きな力をここにもみることができます。

 このたび『PL処世訓解説』を出版することになりました。

 

 「第1条 人生は芸術である」で始まり「第11条 一切を神に依れ」から「第21条 真の自由に生きよ」に至るPL処世訓21カ条は、PLの教えの中心であり基本です。

 

 PL処世訓をテーマに勉強会を長年にわたって重ねてまいりました。多くの方々に参加していただいてきました。その成果の一つでもありますが、400頁ほどになっています。

 

 本年2026年は、PL教団立教80周年でございます。また発行日の5月29日は、奇しくもPLの教えの立教者で初代教主の御木徳近日知が「祖遂断」神事を授かられた日にあたります。

 

 このように佳き年、佳き日に『PL処世訓解説』を上梓できますことは、このうえなくありがたく楽しいことでございます。

二代さまが昭和35年(1960年)還暦を迎えられたのをお祝いして、翌年7月に『わがおしえおや』が教学部長北村龍夫先生を中心に編集発行されました。

 

書名の『わがおしえおや』の題字は北村先生自身のもので、特徴ある銀一色の装幀は当時教学部におられた三松荘一先生によるものでした。三松先生はたしか歌人窪田空穂先生のお弟子さんだったと思います。

 

この『わがおしえおや』の巻末に二代さまの日記の一部が抜粋され掲載されています。「おしえおや日記抄-大正5年(16才)より10年まで-」との標題の下、抜粋は26頁に及んでいます。

 

その「まえがき」に「ひとのみち事件発生後、このおしえおや青年時代の日記は当局に押収され、その原本はついに失くなって了った。毎日を克明に毛筆で書かれていたので、この原本が失くなったことはまことに残念である。しかし裁判中当局の押収した日記原本を謄写したものが今日現存しているのは不幸中の幸というべきか」とあります。日記原本はすでになく、謄写したものを基に『わがおしえおや』に掲載したとのことでした。

 

ところが、実は当局から返還されていた日記の原本がその後見つかっているのです。現在、私の手許にあり、整理中であることは、平成28年6月8日付と9月13日付のこのブログにも書いたとおりです。

 

とても興味深いのは、大正5年9月13日の日記です。

『わがおしえおや』と原本、両方の日記をご覧ください。

原本に貼付されている「御木徳一(ハル)」と「御木徳近(チカ)」の2枚の紙片は幽祖(かくりおや)さまご自身の直筆なのです。

 

これこそひとのみち教団、PLの教えの原点にほかなりません。

「名に因って道がある」の教えがここにはっきりと目に見える形となって現われているのです。

大正5年9月13日徳近の日記

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