Vol.76 『くまばあちゃんの編み物』 | 猫又小判日記

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石井綾乃が綴るブログエッセイ。精力的に短歌を詠む。第一歌集「風招ぎ」、次いで第二歌集「猛禽譚」を上梓した。また「文学さろん 美し言の葉」を主宰。筋金入りの猫好きである。最近はプール通いで健康維持を図る。そんなつれづれを、日々思うままに書いていきたい。

Vol.76  『くまばあちゃんの編み物』

 

ある山奥に、ツキノワグマのおばあちゃんがいました。

いたって優しい性格で、

他のくまから、「くまばあちゃん、くまばあちゃん」、

と呼ばれて、慕われていました。

 

くまばあちゃんには孫のこぐまがいました。

くまばあちゃんは、それはもう、

眼の中に入れても痛くないほど、こぐまを可愛がっていました。

 

秋が来て、冬の便りが聞ける頃、

くまばあちゃんは思いました。

「そうだ、もうじき寒い冬が来る。

今年の冬はいつになく寒いと聞いている。

冬眠にはいるこぐまのために、得意の編み物で、

手袋を編んでやろう」

 

くまばあちゃんは村の手芸屋さんで、毛糸の色を選びました。

それは、とても楽しいことでした。

愛するもののため、何かをしてやる。

こんなに気持ちの躍ることはないのです。

さんざん毛糸を選んだあげく、

ブルーと茶色の毛糸に決めました。

 

それから、くまばあちゃんは寝る間も惜しんで、

こぐまに手袋を編んでやり始めました。

 

こぐまはときどき、さあーっと走って来ては、

「おばあちゃん、なに編んでるの?」

と、期待に満ちて聞きました。

でも、くまばあちゃんは、

「内緒なんだよ、冬の初めを楽しみにしておいで」

と、微笑みながら言うだけです。

 

樹々が葉を落とす頃、ようやく手袋が出来上がりました。

くまばあちゃんは、こぐまを呼ぶと、

綺麗にリボンを掛けた手袋を渡しました。

「おばあちゃん、開けてもいい?」

こぐまは聞きます。

くまばあちゃんはにっこりして、

「開けてごらん」

と答えました。

 

開けた時のこぐまの喜びようを想像してください!

「わあっ!手袋だあ。はめてみてもいい?」

こぐまは嬉しくて嬉しくて、興奮して叫びました。

「どうぞ、はめてごらん」

こぐまは手袋をはめると、

「わああっ!ぴったりだあ。ありがとう、おばあちゃん」

と、くまばあちゃんに抱きつきました。

 

こぐまのお父さん、お母さんは、

こぐまがまだほんの小さいうち、鉄砲で打たれて死んでしまったのです。

くまばあちゃんはそんなこぐまを不憫がって、

大切に、大切に育ててきたのです。

 

木枯らし1号が吹き荒れました。

おばあちゃんは、毎年のようにやっている、

巣穴づくりを始めました。

ここいらへんは、冬になるとえらく冷えます。

食べ物を一杯もちこんで、

こぐまの手に、手袋をはめてやりました。

 

こぐまは、手袋で手が温かいためか、

すぐにくまばあちゃんに抱っこされて、

すうっと眠りに落ちて行きました。

くまばあちゃんも、こぐまを抱いているとうとうとしだしました。

 

突然、はげしい地動を感じて、

くまばあちゃんとこぐまは驚いて目を覚ましました。

地震です!

いまの地震で、くまばあちゃんとこぐまのいる巣穴は、

完全に山崩れでふさがってしまいました。

助けに来てくれるくまに、連絡を取る方法もありません。

 

それから、くまばあちゃんは一生懸命入り口に、

穴をあけようと爪でひっかきました。

でも、落ちてきたぶあつい岩にふさがれて、

おばあさんのくまの力ではどうにもならないのです。

 

空気が薄くなってきました。

こぐまは、「おばあちゃん、息苦しいよう」

と泣きます。

でも、くまばあちゃんはどうすることもできず、

冬ごもり用の食料の中から、

チョコレートを出して、こぐまに与えました。

 

くまばあちゃんは、自分たちの命が、

あといくらでもないのを知っていました。

くまばあちゃんは子守唄を歌い出しました。

からだのちいさいこぐまの方が、抵抗力が低いので、

酸欠になったこぐまは、子守唄をきいているうちに絶命しました。

そんなこぐまが不憫でならず、

くまばあちゃんはこぐまをしっかりと抱きました。

 

そして、くまばあちゃんもいつしか意識が薄れ、

そのままこぐまを抱きしめたまま、命が絶たれたのでした。

 

それから何年もが過ぎ、他のくまたちが、

あるとき岩で鎖された穴に気づきました。

何頭ものくまで協力して巣穴の入り口をこじ開けると、

中には、白骨化したくまばあちゃんと、

やはり骨になったこぐまの姿がありました。

そしてこぐまの手には、唯一、水色と茶色の手袋がありました。

 

こぐまをしっかりと抱いたくまばあちゃんの姿に、

みんな涙しました。

くまたちは、くまばあちゃんと孫を入念に葬って、

みんなで手を合わせました。

葬るとき、手袋をこぐまの手にはめたまま。