虎太郎、11歳11ヶ月 (1998年)
息子の向かいのベッドに検査入院してきた男の子が「ほらっ!」と私に見せてくれた彼の体には無数の手術痕があった。
13年経った今、男の子の顔もお母さんの顔も全く思い出せないけれど、彼が勢いよく頭の上まで手繰り上げた白いTシャツと、その下に現れた痩せた体、そして、その小さな体のいたる所についていたたくさんの傷痕だけは鮮やかに思い出せる。
それほどまでに、それは衝撃的な光景だった。
あまりのショックに言葉もなく固まっている私を余所に男の子は何事もなかったように来る時に買ってもらったという本を開いて読み始め、その後、看護婦さん(今は『看護士』さんだけれど、当時は『看護婦さん』ね)が押してきたストレッチャーに自分で飛び乗り、「行ってくるね~」と私に手を降り検査室に向かった。
そんな風に元気に検査に行った彼が帰って来た時は真っ白い顔をして死んだように眠っているのには、またまたビックリしたけれど、お母さんは「もうすぐ目が覚めるでしょ。」と窓の外に目をやった。
外はすでに真っ暗、大粒の雪が相変わらずザンザンと降り続けている
それからしばらくして男の子は目を開け、お母さんは男の子の意識がしっかりと戻るのを待って確認した後、笑顔で帰って行った。
つ、強い
この病院には、もちろん、もっともっと小さい子がいたけれど、完全看護なので親の面会時間も2時から7時までと厳しく決められていて、7時になるとどんな理由があろうとも帰らなきゃいけない。
虎太郎や向かいの男の子は泣かなかったけど、小さい子たちは皆、お母さんたちが帰るのがイヤで泣く
子供がどんなに泣いても帰るお母さんたちは誰も泣かずに帰る。
つ、強い
まぁ、子供の方もひとしきり泣くけれど、何時までも泣いてはいないらしい。
泣かないどころかお母さんが来るとグズグズ泣いてお母さんを困らせる子もお母さんがいない時は看護婦さんの言うことを良く聞く、お利口さんになるんだそうだ
つ、強い
皆、病気と入院の大先輩だった
ウチなんか子供は泣いてないのに、母親が泣いて帰ったりして
でも、そんなダメ母もすぐに泣かずに帰れるようになったけどね。
それというのも、虎太郎の麻痺の進行が肺まで行かずに止まり、監視モニターも取れ、少しずつ手や足が動くようになってきたから
つづく