スケッチブックを買ったのは秋だけど、
まだ何も描いていない。
紅葉に覆われていた山も、木々は落葉し、
苛立ったような枝の間を、
冷たい風が通り抜ける。
晩秋、そして冬の訪れ。
時間は、わたしを取り残して、唯々流れていくだけ。
わたしは立ち止まり、振り返えってばかりいる。
もう一度、絵を描いてみたい。

見上げれば、空。
灰色の雲。セピア色の風景。今日吹く風は何色なのか?
スケッチブックを開けると、懐かしい絵の具の匂いがするようで、素手で何かをなぞってしまう。
僕はずっと君に会いたかった。月明りの下、長い間僕は孤独だった。束縛もなく自由な夜。だが僕は僕に嘘をついていた。君の事はもう忘れたと。君はもう一人の僕。柔らかな陽射しの入る美術室。たむろする仲間。ただひたすら絵を描いていた日々。閉ざしていたこのドアを開けて、君に会いに行こうか。夜が明けたら。
この曲が好きで何度も聴いていると、三拍子のピアノの旋律の繰り返しが、実は曲を支えているのだと気付く。波の音のように、柔らかい歌声と共に静かに永遠に続いていくようだ。
 「東京に行くの。もう戻らない」
 そう決意して故郷の駅から上り電車に乗った若い日が、懐かしく少し切なく思い出される。