朝、コンビニでプレイボーイの表紙を見たら「水道全開」と書いてあった。
「水道全開」って何?
で、よく見たら「水着全開」だった。
もうアイドルの水着なんてあんまり興味ないから見間違えたんだなあって思った。
人はこうして枯れていくのだと思った。
仕事で、隣の席の同僚が書いた文章を読んでいたら「ヒヤリング」って書いていたので、「ヒアリングだろ?hearingのどこにもヤなんて出てこないし、発音もしないじゃん。」なんて話していたんだけど。
でも、ちょっと考えてみたら、earingだってどこにもヤなんて出てこないのに「イヤリング」だし「ハッピー・ニュー・イヤー」も「イアー」じゃないもんな。
ヒヤリングで正解なんだなあって思った。
どうでもいいことだけど。
中島らもの「ガダラの豚Ⅰ~Ⅲ」(集英社文庫)を読み終わった。
2巻は呪いについて。3巻目はケニヤの呪術師との対決って感じなんだけど。
今から15年前ほどに書かれた本なので、笑いのセンスが古い。
手を叩いて大爆笑したという設定の話が、今では全然面白くなくて「センスのない奴らだなあ」と思う。
それからあまりにご都合主義で、大事な場面になると、アフリカの呪術師が日本語を話し始めるってのもなんだかなあ、って感じだった。
それでも、もう少し(2割くらい)短くしてラストを変えれば、まとまった本になったのになあ。
ラストのテレビ局でのドタバタぶりには、こんなこと、あるわけねえだろって、もうあきれながら読んでいた。
ただ主人公の高校生の息子が大麻を吸っているのを見たときの主人公の「こんなものはタバコよりも害がない」という発言とか、独房の描写、それから主人公がアル中だったりする点にはなかなか深いものを感じた。
シーナ&ザ・ロケッツの「ロックン・ロール・ハート2」が手に入りませんと、今頃になってアマゾンからメールが来たので、中古で申し込んだら、すぐに届いた。
シーナの声って昔から荒れているけど、でもやっぱいいなあって思った。
僕はシーナの歌う「この道」(作詞 北原白秋)が好きで、なんとか合唱団で子供が歌っている奴よりずっと好きだ。
「この道」それから「イヤリング」この2曲が聴きたくて今回も買ったのだ。
久しぶりに聴くと「ノンノン人形」もいいなあ。
ついでに以前から聴きたかった外道のアルバム「ベスト外道」も買った。
伝説のロックバンドだけど、こっちは期待したほどじゃなかったなあ。
でも、あの時代にこれだけのことをしたことについては、尊敬してます。本当に。
日曜日の昼に、松本にあるキュイジーヌ・トビラに行ったら、串焼きの店に変わっていて驚いた。
夜のメニューも見せてもらったんだけど、イベリコ豚とかのメニューも、もうなくなっていて、本当に居酒屋になっちゃったんだ、と少しさびしい気がした。
スペインの作家フリオ・リャマサーレスの「黄色い雨」(ソニーマガジンズ)も読み終わった。
ニコール・キッドマンの「アザーズ」やブルース・ウィリスの「シックス・センス」はこの本からヒントを得ているんではないかと、僕はそんな風に思った。
いろいろと心に残る作品だったけれど、僕は特に「私たちが知らないだけで、木は生きている。感情もあれば、痛みも感じる。斧が肉に食い込むと、苦痛のあまり身をよじるが、そのせいで筋が入ったり、瘤ができたりする。…しかし、木々は下弦の月の夜は眠っている。熟睡している間に急死する人のように、その時なら木々は自分が斧で切られていることに気づかない。そうして切った材木は、処理が細かく、つるつるしていて、カビや白アリに侵されることはない…」という文章が印象深かった。
それから、解説に載っていた、作者の神戸牛に対するコメントとして「スペインでは人間が牛に、マッサージするなんて考えられないし、その情景を思い浮かべると、おかしくて、おかしくてたまらないんだ」という発言にも親近感が湧いた。
もう少しでクリスマス。
子供の頃はクリスマスっていうと教会に行って、賛美歌を歌ってシスターたちと一緒に「世界には恵まれないたくさんの人達がいます。その人たちが安心して暮らせるように祈りましょう。『主よ、私達の祈りを聞き入れてください』」なんてお祈りしたりしていたんだけど。
でも今の僕にはまったく関係がない(どっちかっていうと、恵まれない人に近いのかも)ので、サンタの格好をしてピザを配っているバイトの兄ちゃんとか見ると、笑えるし、クリスマスって行事の空しさを強調されているようで哀しくも思ったりする。



























