3か月に1回のペースで歯医者に行く。
歯医者に行く前日までに、LINEで歯医者から「何日の何時からの予定だから、忘れないように来なさい。」という趣旨の連絡が来る。
今回、歯医者に行く予定日は月曜日だったので、その連絡が先週の土曜日に来た。
+++
以前は、歯茎が腫れていた。歯間ブラシを使うと、毎回、ブラシに血が付く。その血は、ドブのなかにある石の裏のような臭いがした。
口のなかには、本当にドブのなかの石の裏で生きているような虫状の菌が生息する。そして、やつらが出す消化液だの、排せつ物だのが、その臭いの元になっている。
毎日、歯間ブラシやフロスで掃除すればいいのだろうけれど、そんなめんどくさいことを俺がするわけがない。
それで、「口腔洗浄器」というものを買って、以前は風呂に入るたびに使っていた。吐き出した水が、血でピンク色に染まった。そして、その血は臭かった。
何度か使っているうちに、吐き出した水に血が混ざらなくなってきた。臭いも格段に減少した。歯医者からも「歯周病は問題がないですね。」と言われるようになった。
+++
それで今でも、歯医者に行く2日前くらいから、口腔洗浄器を使って、歯茎を洗う。ときどき痛みを感じる。血が出ることもあるが、我慢して使い続ける。2日も使うと、血が止まる。歯科衛生士さんから、「歯茎の浮きは3ミリ以内なので、問題ありません。」と言ってもらえる。
土曜日に歯医者から来た通知を見たあと「今日から歯医者の日までは、口腔洗浄器を使おう。」と思った。口腔洗浄器で歯茎や歯間を中心に洗った。そしたら、洗浄器から噴出する水の勢いで、上の右奥の奥歯から、金属製の詰め物が取れてしまった。
「まじかあ。」
それが土曜日の夜。月曜日の昼の歯医者の予約時間まで、計算してみたら40時間ほどだったので、それまでは、詰め物がないまま生活することにした。
+++
月曜日の約束の時間に歯医者に行く。詰め物が取れてしまったことを話した。取れた金属製の詰め物を示す。
「これをまた嵌められたらいいですね。」
歯科衛生士の人がそう声をかけてくれる。
ところが、取れた詰め物の下の隠れた部分に虫歯があった。これでは再び、同じ金属製の詰め物を嵌め直すことはできないという。
それで、新たに何を詰めるかが課題になった。通常はプラスチックが主材料の詰め物を使うのだそうだ。ただ、今回は、嚙合わせる反対側の歯がインプラントで、とても、硬い。プラスチックは削られてしまうから使えないという(「硬さ」というのは、実は、いろいろな尺度がある。有名なのは、モース硬度計。こすり合わせて、どちらにキズがつくかで硬さが決まる。ダイヤモンドは鉄より硬いというのは、モース硬度計的な硬さ比べだ。だから、ダイヤモンドに鉄の銃弾を撃ち込んでも割れないという意味ではない。今回も、こすり合わせての硬さについて話しているんだと思う。)。
それで、最終的に保険適用外のジルコニアを使うことになった。
「ジルコニアって知ってます?」
「知らないです。」
知っている人がいるのだろうか?「おう、あれかあ。二酸化ジルコニウムが主原料のセラミックだよね。」なんて反応を期待されても無理だ。話を聞いたら硬くてきれいという特色があるのだそうだが、6万円もするのだそうだ。しかも前払いなんだって。
「まじかあ。」
来週、型取りをすることになった。
+++
ジムにも行った。
ハックスクワット・マシンでのトレーニングをこなした後、椅子に座ってぐったりしていたら、トレーナーが不穏な動きをしている。
「まさか、あれ?」
そのまさかだった。久しぶりのブルガリアン・スクワット。
緊張しながら取り組んだが、思いのほか、きちんとできた。ただ、正しい姿勢よりも少し重心が後ろ気味になっているらしい。トレーナーの指示通りに姿勢を正しくしたら、尻にキタ。今までここの筋肉は使っていなかった。ブルガリアン・スクワットって、尻の筋肉を使う種目だったのか。俺の尻の筋肉はやわやわだった。
それから2日間、ずっと尻の筋肉が痛かった。
+++
松本清張の短編集「黒い画集」(新潮文庫)を読み終わった。最初の作品は「遭難」。
男ばかり3人で鹿島槍ヶ岳に登り、天候の急変によって遭難。1人が死亡した。その遭難した状況が「手記」の形で雑誌に掲載される。死亡した男の姉は、その遭難に疑問を持つ。死んだ男の従兄が、かつては登山家だった。それで、その従兄が、パーティーのリーダーと冬に再度、鹿島槍ヶ岳に登り、遭難の状況を検証する。
5万分の1の地図なんて、随分と大雑把な地図で登るんだなあ、それから、コンパスはどうした?とは思ったが、最初の遭難は、俺が「手記」を読んだときには、十分にあり得る事故だと思われて、疑うところなんてなかった。リーダーは、変な疑いを持たれて気の毒だと思ったくらいだった。
登山の途中で、ザックを下ろして休ませるのは、一見、親切そうだが、かえって疲れるので逆効果、なんて話も俺は初めて聞いた。俺レベルだと、ザックを下ろして、寝転んだ方が、体力の回復が早いような気がする。
で、ジムのトレーナーにも聞いてみた。トレーナーは「登山はわかりませんが、寝転んじゃうと、かえって疲れる感じはありますね。」という。その会話のあと、ブルガリアン・スクワットでボロボロになった。座り込んだら、もう立てない。確かに、かえって疲れる説も、あり得るのかもしれないと思った。
登山の描写にリアリティがある。自分も一緒に登山しているような感覚になった。そして、まさかの結論に。
このほか、「天城越え」という作品でも、結末は読めなかった。こんなに人間の業が詰まった、そしてスジが予想外になる小説を今まで読んだことがなかった。
「坂道の家」という小説では、化粧品販売を細々とし、青春がなく、ひたすら金儲けばかりをしてきた男が、キャバレーのりえ子という女に夢中になる話だ。最初は口紅をプレゼントしただけだったが、家庭も顧みなくなり、すべてをこの女につぎ込んでしまう。
他の男と付き合っているのではないか?嫉妬にかられ、男は女をストーキングする。女の嘘は簡単に見破れるが、男は、見破った真実を、自分でも認めない。女が生きがいだからだ。そのハマり具合は、読んでいられないなあと思うほどだった。ここまで書くのか、小説家という人たちは。
こういう本と比較すると、今時の小説は薄っぺらい。この「黒い画集」はすごい短篇集だった。この中の1篇だけでも書くことができる能力が欲しい。

























