中学生の時に、父親に「受験時に、試験結果がよいか悪いかが、わからないとだめだ。」ということを言われた。きちんと勉強していれば、試験を受けたときに、結果の良し悪しが把握できるはず。結果がどうなのかわからない、というのは問題だと、そういう趣旨だった。
今の俺は、あのときの父親よりも年齢も上だし、数多くの試験を受け続けている。それでも、なんとなく、未だに試験を受けたときの感触は重要だという父親の言葉に縛られている。感触はよかったのに、結果が悪いというのは、要は勉強不足なんだと。
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TOEICの結果の速報がネットで見られるようになった。
11月に受けたTOEICでは「リスニングがボロボロ。しかし、リーディングは今までにないほどできた。」というのが自分の感触だった。
だから、速報で、リスニングが420点、リーディングが395点だと知ったときは、ショックだった。
ボロボロだったはずのリスニングは、前回より5点下がっただけだったが、リーディングは50点も下がっていた。しばらく口もきけないほど気力を失った。
俺にしては、かなり勉強したつもりだった。もちろん、半端なく酒も飲んでいたけどさあ。
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ようやく試験結果のショックから立ち直りかけた頃に、星新一賞の最終選考作品が発表された。まあ、当たり前だけど、そこにも載ってなくて、それはそれで、それなりに痛かった。
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木曜日は仕事を休んで、長野まで戻って免許証の更新をした。1日休んだのだが、午後3時には全てを終えて、名古屋に戻ってくることができた。
ショックだろうが何だろうが、やらなければならないことが世の中にはいっぱいある。
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金曜日に職場の忘年会があった。それで、俺は飲み過ぎた。
そこから3軒はしごをして、帰ってきたのは0時を過ぎていた。
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土曜日は朝から風呂に入りながら、2時間くらいゲームをしていた。物事を考えたくなかった。それから映画を2本見て、あとは寝ていた。
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日曜日、ようやく起きてきた。いろいろとしなければならないことがたまっていた。
洗濯物を干しているとき、太陽がまぶしかった。
いろいろとあっても、こうやって日常って取り戻していくんだなあ、なんて考えていた。
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スタローンの映画「ラスト・ブラッド」を見た。

最後の戦闘シーンは、迫力があった。
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CIAを描いた映画「リーサル・ソルジャーズ」も見た。

殺しを明らかに楽しんでいる傭兵と、立場と金で繰り返される裏切り。
その複雑な関係を理解させてエンターテイメントにしている。
ちょっとだけ見て寝ようと思っていたのに、最後まで見てしまった。
***応募したもの***
俺は人類
N氏は自宅に帰り、ネクタイを外すと床に投げ捨てた。冷蔵庫から氷を取り出し、グラスに入れ、スコッチウイスキーを注ぐ。琥珀色のオン・ザ・ロック。それを一気に飲み干した。
気分がほぐれてきたので、2杯目はゆっくりと飲むことにした。
今日の再就職試験は失敗だった。誰もが名前くらいは聞いたことのある製薬会社にダメ元で応募したのだが、運よく書類選考を経て、二次試験にまでたどり着いた。
二次試験は、コミュニケーション能力が試される。応募者は都心にある本社に呼ばれ、設備の整った会議室に集められた。今回の採用予定人数は8名。N氏も含め、二次試験まで進んだ応募者は40名だった。
人事担当者の指示で、40名の応募者は5名ずつのグループに分けられ、課題に沿った作文を書くように指示をされた。課題は「理想の一日を書きなさい。ただし常識や法、道徳にとらわれず、自由な発想で書くこと(400字以内)。」。
N氏は39歳で独身。同じグループになった応募者が、考える時間もそこそこに、作文を書き始めたのには驚いた。理想的の一日というテーマは、二次試験によくあるテーマなのだろうか?N氏自身は、そんなことを考えたことは今まで全くなかった。それでも、まわりの雰囲気に引きずられるように書き始めた。
「香港の超高級ホテルで目覚める。20歳になったばかりの妻がグレープフルーツジュースと新聞をベッドに持ってきてくれる。新聞をひろげ、株価欄を見る。また儲かってしまったな、とつぶやく。白のビキニに着替えた妻が、私のカラになったグラスを受け取り、ホテル内のプールで一緒に泳ぎましょうと言いながら、手を引っ張る。プールは屋外にあった。太陽が眩しかった。」
10分ほど経った時、人事担当者が「書き終わりましたか?」と呼びかけた。「書き終わりましたら、グループ内で順番に作文を読んでもらいます。その後、それぞれの感想を言っていただきますが、その際、決して批判をしてはいけません。」
まさか、グループのなかで読まされるとは思っていなかった。
最初は女性の応募者だった。
「理想の一日。目指していた製薬会社から合格通知が届きました。息子2人と手を取り合って喜びました。夫に電話で連絡をすると、夫は「よく頑張ったな、おめでとう。」と優しく祝福をしてくれました。夫もよっぽど嬉しかったのか、電話口の彼の声は少し涙声でした。」
N氏は足の指が硬直し、頭頂部にある水色の飾り羽が逆立つのが自分で分かった。「なるほど。そういうことを書くのか。」無駄だと自分でもわかってはいたが、机の下で両手を合わせ、永遠に自分の順番が来ないことを祈った。
「Nさん、いまの作文について、感想をどうぞ。」
「素晴らしい一日だということ、そして素晴らしい家庭をお持ちのことがわかります。合格した喜びが私にも伝わりました。」感想を言いながらも緊張が解けなかった。N氏の飾り羽は逆立ったままだった。
次は身だしなみがよく、教養がありそうな男性。N氏よりも若干、年齢は高そうだった。
「私の理想の一日。御社に就職したのち、御社が力を入れているがん治療薬の広報を担当しました。私がデザインを担当した資料が医師の手元に届くや否や、わかりやすい、効果がすぐにわかる、信頼がおける、と好評でした。そのがん治療薬は、売れに売れました。それで広報チームの代表として、私が社長表彰を受けることになりました。その日は、朝から緊張していました。正確にいうと前日から緊張をしていて、夜もほとんど眠れませんでした。うちにはタキシードがなかったものですから、妻が貸衣装屋から借りてきてくれたタキシードに着替えました。」
タキシードを借りたというところで、何名かが上品に笑った。N氏も笑ったが、心はもう家に向かっていた。今すぐここから逃げ出したい、その思いでいっぱいだった。こんな作文だって、書けないわけではなかった。俺はなんだって、あんな作文を書いてしまったのだろう。
その後、どんな感想を言ったのか、そして自分がどのように自身の作文を読み上げたのか、覚えていない。覚えてはいるけれど、思い出したくないのかもしれなかった。ただ、自分が作文を読んだとき、人事担当者までが失笑していたこと、女性の応募者から非難がましい冷たい目で見られたことは、痛烈に覚えていた。もうこの会社は落ちていい。人事担当者も含め、もう2度と同じグループになった応募者に会いたくなかった。
3杯目のオン・ザ・ロックを作った。ウイスキー・オン・ザ・ロック。この名前を作ったのは人類だ。冷蔵庫が発明される前、冷やしたウイスキーを飲みたかった人類は、川に沈んだ冷たくなった石(ロック)をグラスに入れて、ウイスキーを冷やした。冷蔵庫が発明され、石が氷に変わった後も、人類はこのウイスキーの飲み方の呼称をオン・ザ・ロックから変えなかった。そして、未だにこの呼称が使われている。冷えたウイスキーはうまかった。
N氏の机の上にはレッドデータブック図鑑がある。別れた彼女が、置いていったものだ。なぜ置いていったのかはわからない。そもそも、なぜ別れたのかもよくわからなかった。N氏がなかなか結婚しようとしなかったのも原因だろうが、彼女に言わせると「相談なく会社を辞めたこと」が彼女のプライドを傷つけたのだという。「プライド?」N氏にはよく理解ができなかった。他にも理由があるのかもしれないが、そう伝えられて、N氏は了承した。心のどこかで、結婚を強要されなくなったことにホッとしていた。彼女は荷物をまとめると去っていった。そして、なぜか机の上にレッドデータブック図鑑を置いていった。別れる理由を深掘りする気にはならなかった。どうしてこの本を置いていったのかも、N氏は聞かなかった。
高校時代に化石研究を趣味にしていたN氏とって、レッドデータブック図鑑は特に驚きに満ちた本ではない。有眼生物が誕生し、さまざまな生物の基礎体系が確立したカンブリア大爆発以降だけを考えても、地球上にかつていた生物の種の99%は絶滅しており、今さらある種の生物が絶滅すると知っても、地球の生物の歴史とはそういうものだという感覚しかない。
絶滅危惧種には、人類という項目もあった。今は中央アジアに数体(数人?)の個体がいるだけだという。そして、その個体も歳を取り、生殖能力が衰えている。「絶滅は時間の問題」。そんなタイトルの雑誌の記事を読んだような気もする。かつて、地球上を人類が支配していたこと、そして人類が創造性豊かな生物であったことは、普通教育を受けていれば誰もが承知していることだ。高校時代の恩師でもある生物の先生は、人類に特に興味を持っていた。私たちの文化の基礎は、この人類が獲得したものを再利用しているものが多いことを熱く語っていた。実際、遺跡が発掘され、「世紀の大発見」があるたびに、私たちの社会は大きく変革する。遺跡ハンターは、若者たちの憧れの職業でもある。遺跡ハンターになるには、高い学歴と臨機応変に事態に対応できる実務能力が求められる。N氏も遺跡学部出身なので、大学時代に遺跡ハンターを目指した時期があった。遺跡学部に行ったのであれば、遺跡ハンターを目指した時期が一瞬もなかったというのは嘘になる。残念ながら、N氏はなれはしなかったが。
「太陽系の惑星は太陽に近いほうから、水星、金星、地球、火星、木星、土星の順で並んでいる。地球を除いた5つの星を円周に、この順序で均等に配置し、火星、水星、木星、金星、土星の順でつなげると、星形になる。それで人類は1週間の曜日をこの順序にした。」
実際にノートにそのように書いてみて、本当に星形になることに驚いた。もっとも、今でこそ恩師などと言っているが、当時高校生だったN氏はそんな話よりも、授業を聞き流しながら、教室の窓からグランドを眺めているクラスメートの女の子の横顔の方にずっと興味があった。みんな忘れてしまうが、高校生というのはそういうものだ。
そしてまた、この生物の恩師の話もデタラメだった。人類が曜日を作ったのは、まだ地動説が信じられていた頃で、太陽中心の発想は生まれる余地がなかった。
レッドデータブック図鑑によれば人類が滅亡に至った理由はこうだ。
人類の社会経済活動が活発になり、化石燃料の大量消費が継続した結果、二酸化炭素が空気中に占める割合が僅かに上がった。ただ、その割合が本当に僅かだったために、それが原因だったのかは未だに不明だが、実際に地球の平均気温が上昇した。気温が上昇すると水蒸気が空気中に多く含まれるようになる。水蒸気はそれ単体でも温室効果ガスであるため、ますます地球の平均気温は上昇した。さらに、高緯度地域で永久凍土が溶け出し、そこに蓄えられていたメタンが空気中に漏れ出した。メタンによる温室効果は大きく、平均気温の上昇に歯止めがかからなくなった。もちろん、人類も炭酸カルシウムを成層圏にばらまいて太陽光そのものを妨げたり、雲の輝度を上げて、より多くの太陽光を反射させたりするなど、涙ぐましい努力をしたことがわかっている。しかし、高緯度の国に住む大統領が「摂氏2度から3度程度の温暖化は望ましいことだ。毛皮のコートは必要なくなるし、農作物の生産も向上するだろう」と述べたという記録もあり、必ずしも全人類が地球の温暖化に真剣に取り組んだわけではなかった。また、食糧難の国では、依然として焼畑を行うなど、温暖化防止策は徹底されることがなかった。
気温の上昇の後は海水温が上昇した。海水自体も熱で膨張し、いくつかの小さな島国が海底に沈んだ。気体は低温であればあるほど、水に溶け込むが、空気が海水に溶け込まなくなって、植物性のプランクトンや藻類が激減した。さらにこれらを餌とする魚類が減少して、食糧不足が進展した。同時期に、文明の要となっていた天然ゴムをゴムの木が感染症に侵されたことで喪失したため、多くの産業が立ちいかなくなった。
徐々に減少した人類が一気に絶滅に進んだのは、恐竜のときと同様、また隕石だった。隕石の危険性は、人類の間でも何度も指摘されていたが、人類の短い歴史のなかでは効果的な解決方法を見つけることはできなかった。
直径8キロほどの隕石が、ニュージーランド付近に落下した。落下の衝撃によって生じた熱波で、オセアニア地域の生物は一瞬で焼かれた。熱波による森林火災、その後の津波と地震により、地球上の他の地域でも相当な被害が出たことが推測されている。岩石は成層圏にまで吹き上がり、数年間滞留した。その間、地上は昼であっても薄日が刺すのみで、多くの時間、闇に覆われ、気温は急激に低下。植物も含め、55%の生物が絶滅した。
哺乳類に関しては、65%の生物が絶滅した。一番の原因は、光合成の減少による酸素不足だった。酸素不足になってしまうのは、哺乳類独特の肺の構造に原因があった。哺乳類は、あばら骨のなかで肺を膨らましたり、しぼめたりすることで酸素と二酸化炭素の交換をする。そして、空気を吸う時しか酸素を体に取り入れることができない。しかし、現在、地球を支配している鳥類の肺は動かない。吸うときも吐くときも効率よく酸素を取り入れることができる。だから鳥は、酸素の薄い高度8千メートルの上空を飛ぶことができる。
気温の低下も人類にはマイナスに働いた。人類が他の哺乳類よりも身体的に優れていた点は、体毛がほとんどなく、汗腺が発達していたこと。だからどの哺乳類よりも長距離を走ることができた。毛がないことと汗腺が発達していることは気温が高い場所の方が威力を発揮する。低酸素な寒冷な地で、人類はたちまち衰退した。
その後、4500万年が経過した。低酸素時代を経て、人類は脳が委縮し、現在生きている人類の個体はわずか5体。人類保護センターで餌を与えられて生きている。レッドデータブック図鑑に載っている写真には創造性のない非力で虚ろな目が写っている。布を渡すと、敏感な生殖器を保護するような衣類を作る程度の能力は残っているという。しかし、この生物がかつては地球の支配者だったとは信じがたい。
レッドデータブック図鑑で人類の項目には、「ひとあたま」という言葉の由来が載っていた。もちろん、この「ひとあたま」という言葉には、人類が全盛期の頃、どこへ行っても3歩で忘れることを「とりあたま」と言ってバカにしたことと無縁ではない。ただ、「ひとあたま」は「とりあたま」と違って事実に由来する。「ひとあたま」という言葉は、目指す状況と全く違う状況を目標だと宣言し、しかも失敗する様をいう。
具体的には人類が自らに都合がいい環境を守る活動のことを、「地球を守る」と見当違いの目標で宣言し、しかも失敗して絶滅に追い込まれたという事実による。地球自体は人類が守るようなものではない。人類が目指した環境保護は、地球そのものを守るものではなく、人類のために人類にとって快適な地球環境を守るものだった。
当然だが、地球だって人類を守るつもりはさらさらない。地球は、灼熱地獄になったことも、凍り付いて巨大なアイスボールになったこともある。人類の知らない巨大な地殻変動、隕石の衝突を何度も経験している。生物の大量絶滅だって、経験したのは一度や二度ではない。
人類は、たかだか数千年の文明を持っただけで、地球の保護者気取りだったが、能力も経験も足りないことは、地球の歴史から見れば明らかだった。
私たちは、今、このように考えている。もし仮に、地球に意思なんてものがあるとすれば、それは、自分が持っているすべてのおもちゃを散らかすことに全力を傾ける幼児同様に、自分の持っているすべての資源を消費して散らかしたい、ということだろうと。太陽が水素からヘリウムを生み出す核融合反応を延々と繰り返し、すべての水素を使い切るまで熱エネルギーを放出し続けるように、地球もひたすら資源を消費しながらエントロピーの拡大に向かって突き進みたい。私たち生物はその触媒に過ぎないと。
エントロピーとは散らかし具合のことだ。同一の形で同一重量の白い碁石と黒い碁石を混ぜると(実際には黒の碁石は白の碁石より少し小さいので、そのまま当てはまらない。)、それらはだんだんと均等に混ざり合うようになる。エントロピーは増大する方向にしか働かない。混在していた白い碁石と黒い碁石をかき混ぜていたら、いつの間にか、白い碁石と黒い碁石とにきれいに分かれましたということは起きない。
地球も、自らが有する資源をかき混ぜたくて仕方がない。太陽から受けた熱エネルギーであっても、それは同様。北極に氷床が積み上がり、赤道付近は灼熱地獄という状況にはしたくない。太陽から受けた熱エネルギーが一定地域に偏るのは嫌なのだ。
もしこの偏りが生じた場合、熱エネルギーを散らかすために地球は手段を選ばない。より、散らかすことができると分かれば、台風というかなり大規模で複雑な仕掛けを作り上げ、効率的に熱エネルギーを低緯度から高緯度に届けることまで行う。
人類の後、地球を支配する役についたのは、鳥類だった。羽が退化して腕になり、足は太くなり骨も密度を増した。空を飛ぶ必要がなくなったことから、したいときに出てしまった糞も、コントロールができるように括約筋が発達した。歯も生え、石を飲む必要もなくなった。そして、卵はやめた。育児嚢と胎生の争いがあったが、過酷な生存競争を経て、胎生のものが生き残った。そう。鳥なのに、私たちにはへそがある。母の体内にいるとき、へそを通じて栄養を運んだほうが、乳首で栄養を運ぶより、子孫の成長には有利だからだ。
そう。私たちは、鳥類というよりも恐竜に似ている。身長は150センチほど。全身に産毛が生え、綺麗な尾羽のついたしっぽがある。羽は綺麗な原色。大きな美しい飾り羽が頭頂部にも生えている。もちろん、服は着ている。ズボンに大きな凹みがあり、そこから尻尾を出している。
特筆すべきことは、人類と同様の位置に乳房があること。その理由は謎である。様々な説はある。有力な説は、原鳥時代に、水に濡れることを嫌う捕食生物から逃げるために海に入り、そこで、赤ちゃんに哺乳をしながら生き延びたからではないかという「ナギサ原鳥説」だ。しかし、そもそも水に濡れることを嫌う捕食生物とは何か、がよくわからないのと、渚で暮らしていたという証拠が見つからないことが、この説の弱点。私は個人的には、胸に乳房があることを、配偶者が好んだからだと思っている。もちろん邪説だが、自分の心のなかでは信憑性がある。
N氏は、またオン・ザ・ロックを作って、飲んだ。それから頭頂部にある飾り羽を撫でつけながら、考え込んだ。
最初に頭に浮かんだのは、個人名の入ったレッドデータブック図鑑があったら、絶滅危惧者として、N氏の名前も載りそうだということ。再就職先も見つからないし、収入の見通しが立っていない。配偶者もいなければ、子供もいない。
N氏は知っていた。進化の過程で、環境に適合するということは、その環境下でもっともよいパフォーマンスを示したということでは全くない。子孫を残したか否かだけだということを。優れているから生き残り、優れていないから滅びるわけではない。物事はもっと単純だ。
「彼女は、私がそんな結論に至ることまで考えて、この本を置いていったのだろうか。」N氏はそう考えながら、レッドデータブック図鑑に載った人類の写真を見つめた。
「つまり、絶滅危惧者の私は、人類と一緒ということか。」
絶滅に瀕した人類の視線に耐えきれず、N氏は図鑑を閉じた。彼女のことを思ったが、それはもう考えるだけ無駄のように思えた。いろいろと噛み締める思いがあった。そしてまたグラスにウイスキーを注ぎ入れた。
「でも、まあ、どんな失敗も笑い話にはなる。」
そうつぶやきながら無理して笑うと、もう何杯目かのオン・ザ・ロックを喉に流し込んだ。オン・ザ・ロックはうまかったが、軽いゲップとともに抑え込んでいたため息が、漏れてしまった。グラスのなかで溶けた氷が、コトリと小さな音を立てた。