サッカー解説で、いつも偉そうに威張っているセルジオ越後というのはいったい何者なんだとサッカーに詳しい同僚に聞いてみた。

彼はブラジル日系人で、ブラジルでも有名な選手だったらしい。

何よりも、サッカーセンスが素晴らしく、「地球人離れしている。まるで宇宙人のようだ」と言われていたという。

「いったい、誰がそんなふかしを入れたんですかね。」

「いや。本当にすごかったらしいよ。」

頭のなかで、セルジオの顔を想像する。

昔、ムーミン谷でムーミンと暮らしていた、といわれた方がよっぽど納得ができる。


先週末に受けた英検準2級の自己採点をしてみた。

ヒアリングで3問落としただけで、75点満点で72点だった。

できすぎのような気もするけれど、まあ、それが今の僕の実力なのだろう。

なーんて。

実際には数字に表れるよりも、もっとヒアリングは失敗していた。

これからまだ面接もある。

でも、もう受かったような気でいる。

勉強をする気は全くない。


試験勉強から解放されたので(大してしていないけど)、今まで読んでいた本(「ヒストリアン」)の続きを読み出す。

それに加え、また本とDVDを大量に買ってしまった。

DVDはアメリカのTVドラマ「アリーmy love」のシーズン1を全5巻!。

シーズン1の第1巻だけ買って見始めたらはまってしまった。


アリーの魅力もさることながら、アリーの元彼のビリーの優しさには頭が下がる。

事務所の経営者リチャードの哲学も単純だがなかなか味があっていい。

ちなみに、アリーの職業は弁護士。

彼女の働く法律事務所のトイレは一体感が増すという理由で男女共用。


とてもシーズン5まで見る気はないけれど、シーズン1の20話までは最後まで見るつもりだ。

ただ本当にマスターテープからダビングしたのか疑問に思うほど画面が粗いのが気になる。

元がテレビドラマなので仕方がないのだろうか。


今日も仕事だった。

残業代は出ないのだが、9時間も仕事をした。

1時間分くらい残業代を出してくれても良さそうなものだ。


晴れていたので職場まで自転車で行ったのだが、帰りには雨がぱらついていた。

もう梅雨だ。


今週、灼けたアスファルトの上に、傷んだ羽のモンシロチョウが力無く落ちていくのを見た。

セミが鳴き始めた。

季節は巡る。夏はもうすぐそこまで来ている。

英検の準2級の試験を受けた

会場近くまで来ているのに、なかなか試験会場が見つからず、危うく遅刻するところだった。

誰も通りを歩いていないので、「教育相談」と書いてある学習塾に入って行き、受付のお姉さんに場所を聞いた。

わかりづらい位置だったが、親切に道を教えてくれた。

おかげで何とか間に合うことができた。


英文の方は簡単だったが、思いのほか、ヒアリングがよく聞き取れなかった。

まあ、今の実力はこんなものなのだろう。


試験後いつものように職場に行き、仕事をしていたらカリフォルニアのクリスから電話がかかってきた。

「元気か?俺、今仕事で日本に来ているんだよ。」という。「おまえはいつまで経ってもカリフォルニアに来ないな。」

「忙しいんだよ。でも、今日の午前中、英検を受けたぞ。」

「英検?おまえが?すごいなあ。8級?それとも7級か?」

「ふざけるな。6級だよ。」

「おお。すげえ。おまえ天才じゃん。」

「まあね。」

「まあね…。」電話の向こうで大笑いをしている。



前回クリスが日本に来たときには会えなかったが、その前は一緒に温泉に行った。

「おまえ、どうしてカリフォルニアに来ないんだ?怖いのか?」

「怖くないよ。サンディエゴに2か月もいたし。」

「じゃあ、何で来ないんだ?」

「忙しいんだよ。」

そんなことを何度も聞かれた。

それから酔っ払って、大阪駅のホームにある緊急停止ボタンを押して、大阪駅のすべての電車を止めた話しも。

そのときは日本語がわからないフリをしていたら「もういい。あっちへ行け。」と言われたらしい。


温泉を出て、僕が地元の新聞を読んでいたらクリスが来て「何が書いてあるんだ?」という。

「60年間、車の運転をしていた人が、運転をやめて免許証を警察に返したって話だ。」

「そんなことがニュースになるのか?なんて平和な街なんだ。」

クリスがあきれたように言う。

「そんなにニュースがないなら、俺が駅のホームのボタンを押して電車を止めてやるよ。僕、得意だから。」

「そんなことしたらこの新聞の1面、間違いなしだよ。不良外人、大糸線の電車を止める。って大見出しが出て、4人くらいの乗客の足に影響が出たって本文が載るな。」

「4人だけか…。平和な街だなあ。」

「まあな。」


クリスは今、東京にいるという。

会えるかどうかは、まだわからない。



注文していた自転車が届いた。

今度買った自転車はルイガノのLGS-RAM(色はホワイト)。


今度買ったLGS-RAM

この自転車を注文するまでに3軒も自転車屋に行った。

彼らの話を総合すると、現在、自転車市場には基本的に、1 ママチャリ、2 マウンテンバイク、3 高速スポーツバイク、4 街乗りマウンテンしかないのだという。

僕が欲しいのは、街乗りスポーツ。


「あるけど、高くつくね。昔はどこの会社も街乗り用のスポーツ車のラインアップを出していたけれど、今はすき間産業なんだよ。スピードを求める人はスポーツに行くしね。」

1軒目の自転車屋ではそう言われた。


「昔は、あったけどねえ。もう作ってないねえ。ブリジストンのユーラシア・グラン・ツーリズム?ああ、いい自転車だったねえ。でもああいうのはもうないね。本当にないんだよ。」

2軒目の自転車屋でもそうだった。


僕は今まで街乗りマウンテンに乗っていたけれど、鈍くさいというかスピードが出なくてうんざりしていた。街なかで風を切る爽快感がない。

サスが付いているといっても石に乗っかって喜んでいるような暇人じゃないし。


そうかといって、本格的なスポーツバイクのように幅が2センチしかない車輪も嫌だ。安心感がない。

「仮に、このスポーツバイクを買うとして、バッグとか付けられる?」

「付けられるけど、それは、言っちゃ悪いけどポルシェにキャリア付けるようなもんだよ。」

そう自転車屋はいうのだ。

でも生活に使えない自転車というのに僕は必要性を感じない。


僕が欲しいのは、具体的にはドロップハンドルで、スピードが出るギアがあって、軽くて、タイヤ幅が4センチくらいのもの。

大手の出している自転車で僕の希望をかなえるのは今ではこのLGS-RAMしかない。

キャッチコピーは「古くて新しい、ちょっと不思議な自転車」だという。僕はそれがいい。


ハーフクリップも付けてもらった。これがあるとスピードがさらにつきやすくなる。

本当はトウ・クリップの方が効率的なのだが、トウ・クリップから足を抜けられずに転倒していた友達を中学時代に何人も見ているので、ハーフにしておいた。


これも1軒目の自転車屋では「ハーフ?今はビンディング・ペダルの時代だから、そんなものはないね。注文すれば、どこかにはあるかもしれないけど。」と言われたが、3軒目の店ではカタログに載っていてすぐに手配をしてくれた。

生活に使うのに、いちいち靴を履き替えてなんかいられない。


自転車にライトやスタンドを付けたりしていたら7万円近くになってしまった。


前の自転車は姪にあげた。


買い直したLGS5


姉が「売った方がいいんじゃない?」というので売ろうとも思ったが、姪が「そんなのもったいない。私が使う。」ともらってくれたのだ。

サスが付いていて、乗り心地がいい街乗りマウンテンなので、元々、女の子にちょうどいいのだ。

色もオレンジできれいだし。


以前、僕の自転車を盗んだ少年の母親は居留守を使っているのだろうか?


買って3日で盗まれたLGS5


5月に再び電話をしたとき必ず弁償をすると約束はしたけれど、それ以来、何度電話をしても絶対に出なくなってしまった。

明日、英検の準2級の試験を受ける。

勉強をしなければならないのだろうけれど、しなくても受かると思っているのでなかなかその気にならない。

この1週間、したことと言えば、本を読むのをやめて、代わりに問題集を読むことにしたことぐらい。


今日は7時に起きたのだが、やはり勉強もせず、キャメロン・ディアスの「メリーに首ったけ」のDVDを観る。

ヒアリングの勉強にもなるし。なーんて。

この映画には、マット・ディロンがおかしな探偵役で登場している。


高校時代から、ずっとマット・ディロンが好きだった。

高校の頃は彼と同じ銘柄のタバコを吸っていたし(KOOL。パッケージは銀色だった。最近のパッケージにイメージは近い。)、アウトサイダーやランブル・フィッシュは何度観たことか(今から考えると大した映画でもないんだけど。)。

マットがタバコをやめて、僕も今は吸っていない。


よく高校の授業をサボって、誠くんの家でマット・ディロンのビデオを見ていた。

「僕は喫茶店でバイトをしていたから、簡単な料理はできるんだよ。」

誠くんは、残り物のご飯で、あっという間にチャーハンを作ってくれたりした。

当時、僕は料理などしたこともなかったので、その手際の良さにいつも驚いていた。


マットはアカデミー賞を取るようなタイプの俳優ではない。考えつくした役作りをしているとは思えない。

でも「世の中がどうなろうと、俺は俺の道を行くんだ。」という強いメッセージをどの役柄にも感じる。

2枚目だけど、ジーン・ハックマンのように、どの映画でも彼は彼なのだ。


映画はコメディとして、まあまあのできだった。

キャッチコピーどおりキャメロン・ディアスの魅力が全開。

恋愛映画としてストーリーも好感が持てた。あくまで、コメディとしてだけど。



先日また歯医者に行った。

水銀が入っていて体によくないからと、詰めてあったアマルガムを歯からすべて取り出し、別の詰め物に変えていく作業をする。

アマルガムを取り出すと、そのなかが虫歯になっていたりするので、その治療もする。

ちゃんと鏡を使って虫歯の状況を見せてくれる。

虫歯になっているところは茶色く変色しているのでよくわかる。


僕は、注射や歯を研磨する音や痛みがわりと平気な方だ。

以前、「レクイエム・フォー・ドリームス」というジェニファー・コネリーの麻薬中毒者の映画を観て、あまりにみんなが平気な顔で注射をしているのを見て、なんだか慣れてしまった。


それでも目をつぶって、口を開いていると、神経に触って痛い思いをすることがある。

痛みに耐えながら「歯の治療って動きも固定されるし、痛い思いもするし、なんだかSMっぽいなあ。やたらと鏡を使ってのぞき込んだりするし。」などと思ってしまい、それからどんなアイドルも歯の治療はするんだよなあ、などと思っていたら、なんだか興奮してきてしまった。

何を考えているんだ俺は。


下半身がズボンの下で大きくなってきたような気がして、まずいなあ、と思う。


昔、看護婦の友達が、「17歳の男の子が盲腸で入院して、手術前に剃毛するときに、やっぱり興奮して大きくなっちゃってかわいそうだった。」と言っていたのを思い出す。


痛みに耐えながら目をつぶっていたら、そのシチュエーションがありありと目に浮かんでしまって、ますますやばい気がしてきた。

気をそらそうと思ったのだが、ますます集中してしまって逆効果。


まずいなあ、と思っているうちに治療が終了。

「はい。エプロンをはずしましょうね。」

なんだか恥ずかしくて、女性の歯科衛生士の顔をあまり見られず、大きなため息が出た。


まだ、1か月は治療にかかるらしいのだが、違う歯医者に通いたくなった。

電話でさとちゃんと話をした。

月末からクロアチア、ブタペスト、ウィーンに行くという。


ちょうどドラキュラの小説を読んでいて、主人公が苦労しながら共産国家であるハンガリー(ブタペスト)に入国したところだったので、今は共産国家ではないとしても、そんなに簡単に行けるところだとは思わなかった。


小説のなかでブタペストは、ローマ帝国にはじまってオーストリアに終わる多種多彩な侵略軍や同盟軍を受け入れた、完全に西洋というわけでもなければ、イスタンブールのような東洋でもなく、ゴシック建築はあっても北ヨーロッパではない、独自の壮観さをもつ都市として描かれている。


ブタペストに行ったらくさり橋を見るのだと言う。

小説のなかでは、主人公の連れ合いの叔母(共産国家の幹部)が、広大なドナウ川にかかるこの「セーチェニ公のくさり橋」を1949年に修復したことになっている。

橋そのものは上品な一枚岩で、両端はうずくまるライオン像に守られ、巨大な凱旋門で支えられている19世紀の驚くべき工学技術の粋なのだそうだが、文脈からでは実際はどんなものなのか想像もつかない。


「ドラキュラとか気をつけてね。まだ、生きているらしいから。」

「会ったらサインもらってくる。」


さとちゃんはドラキュラよりもワールドカップで日本がクロアチアに変な形(明らかな誤審など)で勝つことを恐れている。

確かに幽霊や妖怪よりも、現実に生きている人間の方がずっと怖い。



母親が、夏に玄関に飾るものがないというので、メダカを買いに行くことにした。

一緒にペットショップに行くと、やっぱりきれいなネオンテトラを飼いたい、という。

「大阪の短大に通っていた頃、なんて不思議な色の魚だろうと思ったから。」だそうだ。

それからしばらくして、やっぱりグッピーがいい、という。

グッピーの方がネオンテトラよりも大きく、見栄えがする。

それでも牝が70円、尾ヒレがきれいな雄でも130円しかしない。


グッピーを6匹と水草を1本買って帰る。

僕は熱帯魚の飼育セットをひととおり持っている。

一度、宿舎で飼おうとして、めんどくさくなって挫折したのだ。


底にしく砂利を洗い、ヒーターをセッティングし、濾過器を取り付ける。

鳥居や橋などの装飾や、水草も配置する。

実家では井戸水もモーターで吸い上げれば使えるので、カルキ抜きなどの作業が必要ない。

それでも、一応、グッピー用の浸透圧に変える薬を使う。


グッピーを入れると元気そうに泳いでいる。


ところが、翌朝見たら1匹死んでいた。

水が白く濁り、他のグッピーもぐったりとしている。


もう一度、砂を洗い、ヒーターをセッティングし直し、濾過器を取り付ける。


改めてグッピーを入れる。

元気そうに泳ぎ出す。やれやれ。


そんなこんなで、英語の勉強はほとんどできなかった(思った通り!)。


そして、今日、実家に電話をかけたら、また1匹死んで、他のグッピーはぐったりしているそうだ。


「やっぱり、丈夫だからメダカを飼いたい。」

電話口で、そう母親は言うのだった。

映画館では前の方に座ることが圧倒的に多い。

視界に他の観客とかの余計な動きが入るのが嫌なのだ。

また、中央からやや左側に座ることが多いけど、僕はその位置が一番見やすい。

スクリーンをサッカーのゴールだと見立てると、右足のインサイドキックで一番狙いやすいのもこの位置。


僕が基本的に一人で映画館に行くのは、もちろん、もてないからだけど(まあね。)、席の位置でもめるのが嫌なのだ。

「前の方は首が疲れるから、映画の通は後ろの方で観るものなの。」

などとしたり顔で言われると、それから口もききたくなくなる。

それから、食べたり飲んだりして音を立てられるのも嫌だし。

話しかけられるのは論外。

(なんて、書いていてふと脳裏に池袋の映画館で、ショーン・ペンの映画を観ながら「ペン、殴っちまえ!」と大声を出していた17歳くらいの2人の少年の顔がよぎった。一人は俺だったような気がする。忘れたい過去がまたひとつ…。昼からビールを飲みながらちょっと不良の女の子と周りからひんしゅくを買うほど話しながら観ていたことも。ああ。消し去りたい。)


ダヴィンチ・コードを観に行った。

原作はもうずいぶん前に読んで面白かったので、期待していた。


映画は原作にかなり忠実に作ってあって、盛り上がる場所は必ず取り込んである。脚本チームは優秀なんだなあ、と思った。


でも、実際に映像になってみると、原作では気づかなかった穴というか、現実ではこんなことあり得ないよな、という虚構があからさまになってしまって、なんだかがっかりした点も多かった。


例えば、原作では、主人公が発信器を石けんにつけてルーブル美術館のトイレの窓からゴミ集積車目掛けて外に投げる。

殺人現場にいた刑事はその発信器を追って、現場を一斉に離れていくのだけれど、飛び降りたと思われるトイレをまったく捜索せず、しかも死体をそのままにして、鑑識も含めほぼ全員の刑事がいなくなるなんてことがあり得るだろうか?

主人公はそれからゆっくりとルーブルのなかを捜索するのだけれど、映画を観て、これは無理だろう、と思った。


トム・ハンクスの演技が今ひとつ(考えてみたら、トム・ハンクスが主演の映画で満足したことが一度もない。グリーン・マイルやフォレスト・ガンプでさえ、僕にはよく思えなかった。僕に問題があるのかも。)。鍵を握る女優もこれだけの大役には耐えられていない。シラスの演技は素晴らしかったけれど。

音楽が演技を追い越すほど盛り上がってしまっている点も気になった。



今週末は実家に帰って英語の勉強をすることにしている。

でもきっと、いろいろな言い訳をしてあまりしないんだろう。


大人になったのは映画の観方だけで、すぐに言い訳して勉強からは逃げようするんだよなあ。未だに。

地球交響曲という映画を観に、若里市民ホールに行った。

その映画に山登りをする人なら誰でも知っているラインホルト・メスナーが出ていると知ったからだ。


メスナーを始め野澤重雄、ダフニー・シェルドリック、エンヤ、ラッセル・シュワイカートとのインタビューの内容はどれもとても素晴らしかった。

一粒の種から1万個以上のトマトがなる巨木に育て上げる、野澤さん。象の孤児を育てるダフニー。エンヤはみんな知っているからいいとして、元宇宙飛行士のラッセル。

本当に尊敬すべきなのは、こういう人達なのだと思った。

特に、ダフニーの話は感銘を受けた。

以前、孤児として育てた象が、今は別の孤児の引き受け手になってくれているという。

映画のなかでダフニーがその象を大声で呼ぶと、ブッシュの中から野生に戻ったはずのその象が会いに来てくれるのだ。

あと、「私の子はスーパーマンなんかじゃない。普通の子よ。」と言っていたメスナーの母親も本当に素敵だった。


ただ、映画としてのできはよくない。

編集にもっと才能がある人間を使うべきだし、ナレーションも下手すぎだ。


見終わって外に出ると、ホール内に石を売る店、水を売る店、占い、カラーセラピー、手作り家具、手作りお菓子の店など不思議なコマがいっぱいでている。

テーマは「癒しのステージ」なのだそうだ。なるほど。


帰りに隣のビックハットで大骨董市が行われているというので、寄ってみる。

最終日で閉店30分前だったせいだろうか。

アクセサリーのコマの前を通ると、すべて1000円でいいという。

「このガラスケースに入った、矢田亜希子スタイルっていう14000円のネックレスも1000円?」

冗談半分に聞いたら、最終日だから本当に1000円でいいという。


7000円のベッカム・クロスのネックレスを1000円で買った。

どこら辺がベッカムなのかよくわからないけど、クロスはクロス。

最近、ドラキュラの本(エリザベス・コストヴァの「ヒストリアン」のこと。)を読んでいるので、何となく買ってみた。

ドラキュラは(少なくともその手下は)本当に十字架が苦手らしいので(本のなかでは25セントで買った十字架でも効果があることになっている。)。


家に帰って、「ベティー・ブルー」のDVDを見る。

主人公のゾルグがなぜベティーをいつまでも好きなのかよくわからない。

確かにベティは19歳で魅力的な体をしていることは認めるけれど。

俺なら、住んでいる家に火をつけられた時点でとっくに別れている。

もっと早いかもしれない。


フランスの男は本当にあんなに我慢強く、優しいのだろうか?

偉いなあ、ヨーロッパの男は。などと言いながら見ていたのだが、なかなか終わらない。

「いつになったら、終わるんだ!」


いい加減イライラしてきて、DVDの箱をよく読んでみたら、185分!の映画だという。

俺が主人公なら、この映画は5分で終わる。


実はまだ見終わっていない。今はベティが自分の目をくり抜いたところだ。


「なあ、ゾルグ。その女とは別れた方がいいと思うよ。おまえ、今まで本当によく頑張ったよ。」

肩を叩きにいってやりたいところだが、ゾルグはまだ彼女に夢中のようだ。

愛は不滅なのだ。


いい加減うんざりしてきたけど、テキーラをシュウェップスで割って飲む飲み方だけは気に入った。

今度試してみようと思った。


(今、見終わった。もう、ほとんど終わりに近づいていたのか…。ちょっと意外だったけど、終わってみるとなかなかいい映画だと思った。)


久しぶりに、10年来の友達と飲んだ。

仕事が忙しいので翌日の仕事に響かないようセーブして飲むつもりだったが、結局4件ほど飲み屋をはしごしてしまい、帰ってきたのは午前2時頃だった。

昔から無茶な飲み方を2人でしていたのだ。

今さら大人しく飲むわけにもいかない。


3件目の店ではカラオケを歌っていた。

曲のリストを見ていたら、遠藤ミチロウ(スターリン)の「ロマンチスト」やストリート・スライダースの「ダンシング・ドール」が入っていて驚いた。

とうとうカラオケでこんな曲が歌えるようになったのか…。

スライダースの「ダンシング・ドール」は名曲だが、商業ベースには乗らない曲だ。

商業ベースの話をすればミチロウはもっと論外。


一度、長野でミチロウのライブを観に行ったことがある。

観客は僕を含めてたった4人。

演奏するのは信じられないくらい上手なギタリストと、ボーカルのミチロウのみ。

伝説となったスターリンのパフォーマンスについてはよく知っていたので、もっと大きな男だと思っていたのだが、ミチロウは小さな痩せた男だった。


「第2次大戦中、ネバダ州ではインディアン居住区の人達の被爆を無視してウランが採取されました。原爆で死んだのは、日本人だけじゃない。インディアン居住区の人達も多く死んだのです。私は、その現場でその人達のために曲を歌いました。同じ歌をここで歌います。聴いてください。曲は「電動こけし」。」


MCはなかなか面白かったが、シャウトするミチロウの姿にかつての栄光はなかった。

「ロマンチスト」は最後まで演奏しなかった。


DVDで「あの頃ペニー・レインと(Almost Famous)」を見る。

その映画の中には1970年代の空気が映し出されている。

主人公は15歳の少年。

「自由になるために。」

家出した姉が彼に残してくれたのはロックのLPレコードの束だった。


1970年代、ロックは今のように金儲けのためだけの道具ではなく、自由の象徴だった。

ロックンローラーはドラッグや女性にも不自由せず、人生を楽しむことができた。

自由を声高に叫んで、音楽を追究していればそれでよかった。


偉大な芸術は「罪悪感と憧れから」生まれるものだという。

今のアーチストはそれを背負うリスクを捨ててしまったようだ。

メークに時間をかけ、歌うのは商業ベースに乗るくだらないラブソングばかり。

政治にも便利に利用されている。

表現の自由を抑圧している国の指導者と握手をしてにっこり笑っている日本のロックンローラーを名乗るアーチスト(けっ!)を見ると腹が立ってくる。


ミチロウに叫んでもらいたい。

「吐き気がするほど、ロマンチックだぜ!おまえは!」と。


なにはともあれ、このDVDのなかの主人公の少年の演技もそれからペニーの魅力も素晴らしい。

こんな青春を僕も過ごしたかった。

姉貴がロック好きで家出をしてくれれば、僕にもチャンスがあったかもしれない。


ミック・ジャガーが生きた化石として珍しがられるシーラカンスのように60歳を過ぎても歌っているとは誰も思わなかった頃の、矢沢永吉が50歳を過ぎても現役で、なおかつCMに出て金儲けをしているとは誰も想像しなかった頃の、本当のロックンロール満載のお薦めの映画です。

最近、週刊誌で細木数子のバッシング記事をよく見る。

基本的にデタラメだというのが、その主張の根底にあるのだが、当たり前だ。

そしてまた、デタラメだと書いている週刊誌に星占いがあったりするので笑ってしまう。

これはデタラメじゃないのかよ。


星占いについて、少し冷静に考えてみる。

何で雨の日の翌日に星占いが雑誌や新聞に掲載されるんだ?

星なんか見えなかっただろう。


昔は、それまで東から西へ動いていた星が(順行っていうんだったっけ?)、突然、向きを変えて西から東に動いたりするので(逆行だっけ)、「これは何かが起きる!」なんて思ったかもしれないけど、それは地球が公転しているために起きる見かけ上の現象なのだなんてことは、今なら小学生でも知っている。


東京MXテレビに「テレバイダー」という番組があって、僕はこの番組が大好きだった。

番組の最後に星占いのコーナーがあって、星座ごとに、雑誌やテレビが掲載や放送した1週間分のラッキーアイテムがすべて出てくる。

あまりの量にいつも笑っていた。


「悪いことをしましょう。」という星占いはあまりない。

「人に親切にすると、いいことがきっとある。」とか「笑顔でいると周りの人が親切にしてくれる。」とか、そりゃ確かにいいことあるかもしれないよね、という程度の助言が中心で、星は関係がない。

はずれたって大騒ぎするもんじゃないし、アドバイス以外では、もともと当たるはずがない。

もし、星の運行で将来がわかるというのなら、その結論が出てきた過程も聞いてみたい。

どんな論理が展開されるのか。



今日の午前中、仕事をしていたらキアから電話があった。

大谷が、僕がキアに渡してと頼んだプレゼントを持ってきてくれたのだという。

「郵送じゃなくて、大谷さんがちゃんと自分で持ってきてくれた。」

キアは嬉しそうだった。


僕がキアにあげたのは日だまりのドナルド。

太陽電池でドナルドダックが首を左右にゆらゆらと振る癒し系のアイテムなのだ。

「なんだか、あなたが酔っ払っているみたいだよ。」

「うん。大谷が酔っ払っているみたいだね。」

間違ったことを言っていたので、さりげなく正しておく。



週末、ジェニファー・ロペスの「enough」をDVDで観た。

思っていたよりスリリングな映画で面白かった。

来るべき危機に備えて、常に予備プランを考えている主人公の姿勢に好感が持てた。

それから、電話の逆探知も早く切れば不可能だというのは思いこみだということを初めて知った。


奥田英朗の「町長選挙」(文藝春秋)も読んだ。

暇つぶしにはいいけど、くだらないなあ。

「空中ブランコ」も「イン・ザ・プール」もそうだったけど。


今はエリザベス・コストヴァの「ヒストリアン(歴史家)」(NHK出版)を読んでいる。

まだ導入部分だけど、久しぶりに僕向きの本を読んでいる気がする。

火曜日の朝6時20分頃、寝ぼけながら机に座っていたら突然電話がかかってきた。


抜き打ちの訓練で、今から職場に出頭しろという。

震度6の地震が起きたから、その対策に走れというのだ。

「なんで、俺が…。」

よくわからないまま、次に連絡しろと言われた人にも連絡する。


とりあえず、シャワーを浴びながら、どうやったら職場に一番早く行けるのか考えてみた。

タクシーが一番早いとは思ったが、訓練でそんな金を使うのももったいないし、自転車で行くことにした。

自転車に乗るのも久しぶりだ。


汗だくになって職場に到着。

サイクリングウェアのまま受付に行くと、前の職場で一緒だった先輩が偉そうに立っている。

「大急ぎで来ましたって格好だけど、その割に遅いなあ。」

時計を見ると7時35分。

「君、遅いよ。」

ほかの人からも声をかけられる。

「冗談じゃないですよ。突然、電話もらって、それからシャワーを浴びて…。」

「その時点で間違っている。誰がシャワーなんか浴びていていいって言ったんだ。」

先輩が偉そうに言う。あまりに偉そうで笑ってしまう。

「こんなのいじめだよ…。こんなことなら残業したまま職場に泊まればよかった。そしたら、5分で来れたのに。」


後で聞いたら、地震が起きたのが5時45分の設定だという。

連絡が来たのも遅かったが、確かに7時35分の出頭では遅すぎる。

「俺、そんな非常時の要員だなんて知りませんでしたよ。」

職場で文句を言っていたら、そう報告してあるはずだと担当に怒られた。


来週の月曜日から5日間の検査が入るというので、木曜日はその書類作りにおわれた。

240冊くらいファイルを作った。

終わったのは午前1時30分。

しかし、僕以外の担当は午前4時過ぎまで仕事をしていたらしい。


金曜日の昼過ぎから検査の準備を始めた。

検査員のために、作業着上下、運動靴、長靴、帽子、軍手、書類等を運ぶスーツケースなどなどを用意する。

作業着のサイズ等は検査員の方から指定が来る。

タオル、はさみ、電卓、筆記用具…。

こんなものまで、こちらで用意しなければいけないのかと、だんだんと腹が立ってくる。

運ぶのはもちろん、こちら側だ。


夕方から会場設営をした。

「検査員の使う付箋紙や、消しゴムってビニールはがしておくんだっけ。」

同僚がいうので笑った。

「それは、はがしておくってもんでしょう。」

「でも、新品ですってアピールするには、そのままの方がよくない?」

「じゃあ、鉛筆も削らないようにする?『指定どおり、鉛筆3本と赤鉛筆用意いたしました。』って置いておく?」

「書けないって怒られたりして。」

「あのう、やっぱり削らないといけなかったでしょうか?ってお伺いたてたりして。」

寝不足でハイになっているので、そんなことを想像しただけでおかしくて仕方がない。


検査員の使うスリッパがつぶれていて、足が入らないのも笑ってしまった。

「こちらに、スリッパを用意いたしました。」

「足が入らないんですけど。」

「あのう、やっぱり足が入らないといけなかったでしょうか?」

検査員との会話を想像しながら話しては笑っていた。



映画「V for Vendetta 」に使われていたチャイコフスキーの「1812年」が欲しくなってきた。

実はチャイコフスキーの「1812年」の入ったアルバムを大学の頃も1枚持っていたのだが、そのとき読んだライナーノーツに、大太鼓のかわりに本物の大砲を使うオーケストラもある、と書いてあったので、その大砲を使ったオーケストラのものが欲しくなった。

職場のクラッシック好きの友達に聞くと、カンゼル指揮のシンシナティ交響楽団が一番大げさでいいという。


あとの仕事は週末にやることにして、金曜日は少し早めに帰った。

帰りに本屋に行ってみたけど、1812年は売っていなかった。

「やっぱアマゾンで買うしかないなあ。」

そのまま、あきらめて帰ればよかったのだが、ついつい本やDVDなど1万円近くも買ってしまった。

いったいいつ読むのか、いつ見るのか。まだ英語の勉強もしなければならないのに。

重くなった鞄を持ちながら、帰りの電車で考えていた。


とりあえず今日は本を読んで寝ようと思っていたのだが、疲れ果てていて、結局、何も読まずに寝てしまった。

木曜日に足を引きずりながらスタバに行くと休みだった。

最近、スタバの「夏野菜とベーコンのホットサンド」にはまっていただけにがっかりした。

このホットサンドはセサミの入ったパンがうまい。

野菜もたっぷり入っていて、一口毎に違う味が楽しめる。


そういえば、昨日の朝、明日はお休みですと書いた張り紙を見たような気が…。

でも、今さら気がついても仕方がない。


アロマテラピーの元祖というべきアラビアの女性がいる。

イブン・シーナというのが彼女の名前だ。

彼女は医師でもあり、哲学者でもあったという。

すべての事柄は必然的である、というのが彼女の哲学。

最近、僕はこの言葉をよく考える。

何かうまくいかなくなったとき、「これは、何かの啓示ではないか。」と考えてしまう。


スタバの代わりに近くにあるTULLY‘S COFFEEに行く。

商品ケースのなかですぐに目に付いた「ソフトフランス ブリーチーズ」を注文する。

そのままでもおいしそうだったが、温めてくれるというので温めてもらう。

ブリーチーズが溶けてスパイスの利いたパストラミビーフにからんでいく。

スタバのホットサンドほどのボリュームはないが、うまさは別格。

しばらくはTULLY‘S COFFEEの方に来ることになるなあ、と思った。


すべての事柄は必然的。

あきらめずに何かいい方法がないか、代案がないかよく考えてみることが大切なのだ、とブリーチーズを食べながら一人で納得していた。



仕事には土曜日も日曜日も行った。

4月末で大きな山は越えたが、中くらいの山がまた現れてくる。

燃え尽き症候群や5月病にならないように配慮をしてくれているのだろうか?

次から次へと、よくもまあ、短い締め切りを区切って仕事をくれるものだ。

ちなみに、火曜日締め切りが1本。

木曜締め切りが4本もあって、このままだと木曜締め切りの分が間に合わない!!


隣の席の同僚にも毎週末職場で会う。

「毎週末、家にいないから妻が不思議に思っているかもしれない。」と言う。

「大丈夫ですよ。奥さんには、こんな生活もあとたった4年だけだって言えばいいでしょう。」

「それって、来年、俺は転勤できないってこと?」

「するつもりだったんですか?甘いなあ。僕は来年、転勤しますけど。」

話すのは早く転勤したいということばかり。


今日は仕事を3時30分に終えて、映画館に行きmoonお薦めの「V for Vendetta」を観た。

皮肉とひねったストーリー。

古典文化とヨーロッパのテイストを感じるイギリスの近未来映画だ。

ハリウッド映画が好きな人にはわからない映画かもしれない。


権力者をバカにした番組を作り、勇気を持って放送したテレビ番組のプロデューサーを見て、こういう人間になりたいと思った。

彼は大衆の喜びのためだけに、危険をかえりみず、ばかばかしいお笑い番組を放送する。


久しぶりに、映画を堪能した。

最近ちょっと疲れていたけど、この映画を観て元気になった。


映画の写真が手に入らなかったので、とりあえず撮影風景だけ。

場所はトラファルガースクエアのネルソン提督の前。


撮影風景2

撮影風景

どう?揚ちゃん。観たくなったでしょ?