久しぶりに、10年来の友達と飲んだ。
仕事が忙しいので翌日の仕事に響かないようセーブして飲むつもりだったが、結局4件ほど飲み屋をはしごしてしまい、帰ってきたのは午前2時頃だった。
昔から無茶な飲み方を2人でしていたのだ。
今さら大人しく飲むわけにもいかない。
3件目の店ではカラオケを歌っていた。
曲のリストを見ていたら、遠藤ミチロウ(スターリン)の「ロマンチスト」やストリート・スライダースの「ダンシング・ドール」が入っていて驚いた。
とうとうカラオケでこんな曲が歌えるようになったのか…。
スライダースの「ダンシング・ドール」は名曲だが、商業ベースには乗らない曲だ。
商業ベースの話をすればミチロウはもっと論外。
一度、長野でミチロウのライブを観に行ったことがある。
観客は僕を含めてたった4人。
演奏するのは信じられないくらい上手なギタリストと、ボーカルのミチロウのみ。
伝説となったスターリンのパフォーマンスについてはよく知っていたので、もっと大きな男だと思っていたのだが、ミチロウは小さな痩せた男だった。
「第2次大戦中、ネバダ州ではインディアン居住区の人達の被爆を無視してウランが採取されました。原爆で死んだのは、日本人だけじゃない。インディアン居住区の人達も多く死んだのです。私は、その現場でその人達のために曲を歌いました。同じ歌をここで歌います。聴いてください。曲は「電動こけし」。」
MCはなかなか面白かったが、シャウトするミチロウの姿にかつての栄光はなかった。
「ロマンチスト」は最後まで演奏しなかった。
DVDで「あの頃ペニー・レインと(Almost Famous)」を見る。
その映画の中には1970年代の空気が映し出されている。
主人公は15歳の少年。
「自由になるために。」
家出した姉が彼に残してくれたのはロックのLPレコードの束だった。
1970年代、ロックは今のように金儲けのためだけの道具ではなく、自由の象徴だった。
ロックンローラーはドラッグや女性にも不自由せず、人生を楽しむことができた。
自由を声高に叫んで、音楽を追究していればそれでよかった。
偉大な芸術は「罪悪感と憧れから」生まれるものだという。
今のアーチストはそれを背負うリスクを捨ててしまったようだ。
メークに時間をかけ、歌うのは商業ベースに乗るくだらないラブソングばかり。
政治にも便利に利用されている。
表現の自由を抑圧している国の指導者と握手をしてにっこり笑っている日本のロックンローラーを名乗るアーチスト(けっ!)を見ると腹が立ってくる。
ミチロウに叫んでもらいたい。
「吐き気がするほど、ロマンチックだぜ!おまえは!」と。
なにはともあれ、このDVDのなかの主人公の少年の演技もそれからペニーの魅力も素晴らしい。
こんな青春を僕も過ごしたかった。
姉貴がロック好きで家出をしてくれれば、僕にもチャンスがあったかもしれない。
ミック・ジャガーが生きた化石として珍しがられるシーラカンスのように60歳を過ぎても歌っているとは誰も思わなかった頃の、矢沢永吉が50歳を過ぎても現役で、なおかつCMに出て金儲けをしているとは誰も想像しなかった頃の、本当のロックンロール満載のお薦めの映画です。