日本海軍の組織的欠陥に対する嶋根純一の考え方 | 近代史から本当に学ぶべきこと 嶋根純一

近代史から本当に学ぶべきこと 嶋根純一

定年退職後、アマチュア歴史家として国内外を調査旅行している嶋根純一です

日本海軍という組織は、実に不思議な組織であったように嶋根純一は考えています。
明治維新と共に急ごしらえで作られた海軍は、まず経験した大戦は日清戦争でした。
しかもその日清戦争においては、海戦の決め手である戦艦を、清は2隻も保有していたのに日本は0隻。
大型の巡洋艦も清のほうが多く保有し、火力では圧倒的に清が日本側を上回っていました。

この事態に日本海軍が採用した戦法はとてもユニークでした。
大きな砲門に欠ける日本海軍は、快速の軽巡洋艦に速射砲を積み込み、一気に敵に肉薄。
最初から敵の戦艦を撃沈させる事を狙うのではなく、艦上建築物を破壊して大火災を起させ、戦艦や巡洋艦の機能を奪うと言うことを、作戦目標に据えたのです。

この結果清の海軍は、大きな砲も無用の長物と化し艦上はめちゃめちゃに破壊され、沈没こそしないものの戦闘能力を喪失すると言う事態に追い込まれました。

後に日本海軍は、空母の手中運用による航空機の破壊力の凄まじさを世界に先駆けて証明するなど、海戦史上に何度もパラダイムシフトを起すような、世界の軍事組織の中では非常に柔軟な事が可能な組織であったとも、解釈する事ができるでしょう。

しかし一方で、軍人の出世は海軍士官学校・海軍大学の卒業年次・成績によってほぼ全てが決定され、軍歴に応じた出世が考慮される事はかなり稀でした。
作戦単位でも、司令官は卒業年次・卒業成績順に決定をされるという相当硬直した組織であり、失敗が許されない風土はまさに閉鎖的で、その最大の膿が出たのがミッドウェー海戦敗退後の戦後処理であり、台湾沖航空戦における戦果捏造でした。

特に台湾沖航空戦の後に採られた戦果の捏造は、海軍内部だけでなく陸軍をすら欺き、天皇陛下すら欺くと言う悪質極まりない行為で、大いに批判されるべき行為であったといえます。
日本海軍という栄光の組織は、一方でこのような組織的欠陥をも抱えていた事実。
大事な将来への遺訓として、捉える必要があると思います。

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