もう五日になっている。この正月は思いっきりさぼった。そろそろ目を覚まさなければ。
一月三日の朝日新聞。「日本人とは」というテーマの記事があった。このことについて、私にも言うべき言葉はあるつもりである。が、酒でむくれた脳みそには、このテーマはいかにも重い。しかしながら、以前、「中南勢音頭通信 「偏見」
2016-12-04 08:17:35 」で誓ったこととも関わることなのでなんとか努めてみよう。
記事はこう結論付けている。「日本人は韓国、中国東北部など周辺地域と比べてもDNAが多様である」、つまり雑種性が大きい、と。
ということは、この日本という国は、移民、難民で作られてきたということである。
移民、難民とは。何らかの事情で生家、故郷にいられなくなった人のことである。
何らかの事情とは。まず、女子であること、長男以外の男子であることがその理由のひとつであろう。
しかしながら最大の要因は、やはり、部族、国家間の紛争、戦争である。この事情は二千年、三千年 、五千年、いや一万年、いまも昔も全く変わっていないのだ。その姿が連日のようにテレビに映し出されている。
つまり大陸での紛争、戦争で生み出された難民が移動する。北へのがれたものはイヌイット(かつてはエスキモーといった)となったが、ここの環境はあまりにきつかった。やはり南への流れが大きかったであろう。今のベトナムからマレーシア、インドネシアと流れたであろう。ベトナムに美人が多いゆえんである。
もちろん、南方にも紛争、戦争はあった。島伝いに北上したものもいる。
朝鮮半島に流れた者たちに居場所はなかった。日本を目指すしかなかったのである。どんな危険を冒してでも。かの地の土壌はよそ者を養えるだけの生産性を有していなかった。何よりも大陸の一部である。国家形成も進んでいた。
彼らがたどり着いた最後の地は、楽園であった。まだ国家といえるものはできていなかった。これが幸いであった。また、迫害もあったであろう。紛争、戦争に巻き込まれることもあった。しかし生き延びることだけは出来たのである。逃げるところがあった。隠れるところがあったから。どんな山奥でも、谷間があり、水がわき、流れ、稲作は可能であった。これが朝日新聞の記事の結論を導くのである。
つまり、気候、風土、そして国土そのものがその国民のDNAを形成してきたのであり、それはおそらく、これからも変わることはないであろう。とネ。
私はそう思うのです。