豊かな地下資源を持つ途上国が、その持てる資源のために海外資本の横行、貧富の差の拡大、政情不安や混乱を招く、という事実があると聞く。
パプアニューギニアの事務所は2012年より連絡車を2台得た。2010年に本格始動して3年目、最後の年にしてようやく得た連絡車。道路省が別事業が終了しスタッフ数が減ってきたのに伴い、余ってきた車を付けてくれたのと、本プロジェクト資金での購入が同時期になった。
問題は車の利用ルールである。日本人なら当然、プロジェクト活動に利用されるべきで私用は許されない、ということが理解されそれに倣うと思う。でもスタッフは手ぐすねひいて車の利用(私用での)を狙っていた。
ニュージーランドでマスターを取得して1月から合流したフィールドコーディネーターは、当然のように自宅通勤に利用。他のスタッフも日中、買い物や食事、銀行などの用事の際にも使っているようだ。平日の町なかの移動は、多少の私用でも目をつむろうと思う。事務所からの移動時間が短縮されることで彼らの仕事効率が上がれば、との思いだ。
今日からパプアニューギニアではイースター休暇で4連休。スタッフそれぞれが車の利用を考えていたようだ。先のフィールドコーディネーターからの、4連休での車の利用(自分の村へ帰るために)の申し出についてはその場で拒否。車の無い時代をともに苦労してきたコミュニティデベロップメントスペシャリストはわかってくれるだろう、と勝手に思い込んでいた。
連休前というのに彼は家に帰らず、事務所のある町にとどまるという。「仕事に取り組む姿勢が変わったね」なんて声をかけると「仕事優先だから。明日朝に書類を提出してから家に帰る」と、うれしいことを言う。
今朝のことである。事務所でその書類をもらうと、彼は車を利用したいと言い出す。やっぱりプロジェクトの車を当てにして何かを運ぶ計画をしていたようだ。「あんたもか!」とショックを受け思わず声を荒げてしまった。「プロジェクトの車は貸せないけど自分の車なら、1時間で戻るならいいよ」、と妥協したが、彼はへそを曲げたのか、反省したのか(これはないか)、そそくさと帰って行った。
週明けには車の利用について、プロジェクトスタッフ間でルールを決めて合意を得ようと思う。公平性を保つことが第一、そして杓子定規なルールを押しつけるのではなくスタッフの快適性も考慮しつつ利用方法を定めるつもりだ。
自分も意地悪をしたいわけではないし、意固地にならないよう、気をつけようと思う。形式にとらわれず、プロジェクトにとって最適な着地点を、自分で判断していく。
人の考え方とはこういうもんなんだろうか、と自分に問いかけている。同じプロジェクトを進める仲間としてわかりあえる、同じ意識のもと進めたいという思いが常にある。しかし、現実として立ちはだかる、意識や感覚の隔たり、壁を痛感した。