人懐こい小型犬を飼っておられたご近所さんは、我が家の前をワンちゃんのお散歩で通り過ぎる時、お花が咲く度に楽しませていただいているのよ、と、お声をかけてくださいました。その方も迷い猫を保護していて、猫の会の活動を応援しているからね、と、いつも元気付けてくだいました。
一昨年わんちゃんが13歳で亡くなり、我が家の方までお散歩にいらっしゃることはなくなりましたが、道でお会いすると陽気に挨拶をしてくださり、お庭のヤマモモが実ったら、自由に収穫してちょうだいね、とお声をかけてくださいました。
最近はあまりお会いできずにいましたが、昨年の12月に地域で開いた猫活動の資金集めフリマの前日には、我が家の玄関先にお手紙と寄付の品々を置いてくださいました。
フリマは盛況で、いただいた寄付の品々もバッチリ資金源となり、お礼をお伝えせねば、と思いながらも3ヶ月が過ぎようとしていた頃、お亡くなりになったという噂を耳にしました。
ご病気をお持ちでずっと治療をされていたそうですが、いつもお話しするのは犬猫や植物のことで、私の方が元気付けていただくばかりだったので、病気のことも先日他の方から伺って知りました。
ご近所さんが亡くなってちょうど1ヶ月すぎた頃、窓を開けていなかったにもかかわらず、家の中にクロアゲハが入っていました。危うく猫に襲われる既のところで、外のお花のところに逃がしてあげました。
もしかすると、ご近所さんの魂がクロアゲハにのっかって、我が家の猫たちの様子を除きにいらしたのかもしれません。
昨年10月下旬に保護した、白血病発症の元気くんです。
4月現在も、生きています。
入院されたおばあ様の猫の預かりさんを探しているとき、知人の方から、白血病で助かる見込みのないこの子は獣医の進言に従って安楽死をするべきだったのでは?と言われ、すっかり意気消沈してしまいました。
この子の命を繋ごうとした自分は、なんて強欲なのかと、恥ずかしくもなりました。
もし安楽死を選んでいれば、おばあ様のところの三毛猫を預かることも出来たはずです。
何が正しいのか間違っているのか、わかりません。
やりたくないことはしない、その選択は自由だと思いつつも、迷いは消えることがありません。
五年前に撮った、元気だった頃のご近所さんのわんちゃんです。
みんな、与えられた命を精一杯生き抜いて、お空にかえっていくのでしょうか。
迷いも後悔も拭い去ることはできませんが、いまできることをやりとおす、
何のために生きているのかと考えてもよくわからないけれど、後悔を少なくするために一所懸命やるしかないのかな、と感じています。
ちょっと沈んだお話でした。
また明日は、新たな気持ちで頑張ろう![]()









