先日、知り合いの方のご主人がなくなったという知らせがありました。
同い年の方のご主人ということもあり、他人事でないように感じ、生き死にについて、今一度考える機会を与えられたように思いました。
素性も年齢も不明の保護猫ちゃんです。2018年9月に亡くなりました。
2018年2月に腎不全が悪化していることがわかり、毎日2回の皮下点滴を続けていましたが、冬を迎える前に力尽きてしまいました。
彼女自身が家に入れて欲しいと訴えてきたので、1ヶ月隔離期間を設け血液検査陰性の確認を待ち、家に迎え入れたのが亡くなる2年半ほど前のことです。
先住猫のことが大好きで、嫌がられてもストーカーみたいについてまわっている健気な子でしたが、最期はひとりで、ひっそりと息を引き取りました。
この子は、近所に引っ越されてきた方が、到着して間も無く脱走させてしまった、当時19歳の猫ちゃんです。
3月の小雪ちらつく寒い時期でしたが、近隣の方の協力で、1週間後、無事お家に帰ることができました。
今年の春、22歳の誕生日を迎えることができたそうですが、夜鳴きをするようになり病院で診てもらうと、腎臓の数値が悪く入院をしましたが、よくなる見込みもないと知らされ、考えた末、安楽死を選ばれたとのことでした。
散歩の途中に出会った、疥癬の猫ちゃん。
捕獲器で捕まらず、近隣の餌やりさんにお手伝いしてもらってなんとか捕獲でき、病院で治療を始めることもできましたが、10日足らずで亡くなってしまいました。
ここまで酷い疥癬になるのは、他にも免疫力のおちる病気を持っていたのかもしれません。
元はどんな姿の猫ちゃんだったのか、結局わからないままの別れとなりました。
お花を買いに行く時間がなかったので、お庭のバラとヤマアジサイでベッドを作りました。
火葬場で、書類に猫ちゃんの名前を書くように言われましたが、名前がないのもなんなので、アジサイちゃんと書きました。オスかメスかもわからないまま。
ある夏、突如として玄関先に現れた、とても人懐こい猫ちゃんです。
家にいる家族から知らせを受け保護をしようと急いで家に戻りましたが、その時にはもう姿はありませんでした。
近隣で聞き込みをしたところ、同じ通りの方が玄関先で面倒をみてくれていました。
病院にも連れて行ってくださいましたが、残念なことに白血病キャリアでした。
そのお宅も保護猫を既に4匹飼っていらっしゃったのですが、ご主人が自分の部屋をこの子の為に明け渡してくれて、完全隔離で面倒をみてくださいました。
大きい台風被害が続いた後、11月に入り、治療の甲斐なく、この子も亡くなってしまったそうです。
「あの子」と呼んでいたので、名前はアノ君です。
何年か前に、勤務先で首輪を着けたまま捨てられていた、とても人懐こい茶トラの大人猫を保護したことがありました。
病院に連れて行って血液検査をしたところ、猫エイズ猫白血病ダブルキャリアで、お尻からは黄色い便を垂れ流し、脚にはいくつも穴があいていて、そこから透明な液体が流れ出続けている状態でした。
獣医さんから、白血病もエイズも同時に発症していると思われるので、良くなることはないと言われました。
現状を維持する治療をするにしても、時間的金銭的どちらの負担も現実的に獣医でもなければ難しく、このまま猫の苦痛をいたずらに長引かせてしまうよりも、安楽死を選んだ方が猫にも人間にもよいのでは、というのが獣医さんの意見で、当時の私にはこの子を保護し続ける勇気はなかったこともあり、その場で安楽死をしてもらうことを決めました。
茶トラ猫に注射をすると、その子は大きなため息をついたあと、眠るようにして亡くなりました。
今でも時々、あの時の選択が本当はどうだったのか、考えることがあります。
捨てられた茶トラ猫が着けていたものとおんなじ首輪をホームセンターで目にするたび、胸が苦しくなります。
動物には人間のような死の概念がないから、生き続けたいかどうかより、今苦しいか苦しくないか、それが重要な選択基準になる、というのが主治医の見解です。
人間の生き死には、話しができるうちであれば、自身の希望を誰かに伝えておくことができます。
できないこと、できることは、ペットのそれと少しずつ違っていますが。
犬や猫の場合は、結局飼主が決断しないといけないことなので、責任は重たいです。
死と生は、神聖なものであり、ひとりで静かにうけ入れるものなのよ、
私の家族が死んだ時、家族の大親友だった女性が言ってくれた言葉です。
その人は、死んでゆく私の家族の耳元で、
まきちゃん、もう、無理しないでいいんだよ、
静かにそうささやきかけていました。
家族を引きとどめたい一心の私は、とても複雑な心境だったことを憶えています。
間も無く息を引き取った家族は、大親友の言葉を確かに聞いているようでした。
人間は一人で産まれてくることの方が多いので、亡くなる時も一人静かに…と思う気持ちは想像ができます。
しかし猫の場合、必ず2〜3匹以上で産まれてくるので、この部分も人間とは違うところでしょうか。
猫はもしかすると、ニャーニャーと騒がしく死にたい、と思っているかもしれません。










