人工言語だそう。

その存在を初めて知りました。

超おもしろい。

絶対に人生で役立たんだろうけど。


日本エスペラント学会(JEI)

http://www.jei.or.jp/


「うどん」は単数複数ともにudono(ウドーノ)。

うどんに複数形があるのか。

キモーノ(着物)、カパーオ(河童)、セミナリーオ(セミナー)

とか基本そんな感じで終わる言葉になるっぽい。


宮沢賢治もここから着想したんだそう。

じゃあますむらひろし も?と思って調べたら、彼は単にそれっぽいだけみたい。

作中のヒデヨシの歌は怪しいと思ったんだけど、やはりただの英語だったか。

パウロ・コエーリョ/著  山川紘矢+山川亜希子/訳


「アルケミスト」や「星の巡礼」の著者と訳者コンビの作品。

旧約聖書に出てくるエリヤという預言者について著者が描いた物語です。


イスラエルの預言者エリヤは天使の声を聴き、王にイスラエルの神の言葉を伝えた。

このことによって、イスラエル人を改宗させるべくレバノンから嫁いだ王妃(フェニキア人)に命を狙われる。

天使はエリヤに、ザレパテ(地元民はアクバルと呼ぶ)という町へ行くようにと命じた。

第五の山という、レバノンの神々が眠ると言われる山の麓にある町である。

アクバルでエリヤは、愛と悲劇とそこから得られるものについて知ることとなる。


聖書について全く知らないので、普通の“ちょっと宗教色が強い”物語として読んだ。

著者自身も「聖書とか、キリスト教にとらわれず、再建の物語として読んでいただきたい」と述べたそうだ。

そう、これは、ストーリー的には再建の物語なのである。

悲劇を嘆くエリヤに対して、天使はこのように言った。


「悲劇などはない。あるのは、不可避な出来事だけだ。すべてはそうあるべき理由をもっている。お前は、一時的なものと、永続的なものを区別するだけでいいのだ」

「一時的なものとは何ですか?」とエリヤがたずねた。

「不可避なことだ」

「では、永続的なものとは?」

「不可避なことから学ぶことだ」


エリヤは試練を乗り越えて町を再建する。

それはつまり、神と闘って神に認められたということだろう。

この後のエリヤは旧約聖書にあるように、イスラエルに戻って王妃イゼベルに復讐をする。

私は、まるでエリヤ自身が神にでもなったかのように錯覚した。

彼は自分の成すべきことを全うしたのだ。

絶望と希望を味わった少年がエリヤに「神は悪い奴なの?」とたずねたとき、彼はこのように答えた。

「神は全能だ」と。

初めて、その意味の真意に触れた気がする。

また、町の権力者は、“文字”は“思想”そのものであり侵されることは脅威であると考えていた。

この考えはとても歴史的であり、「第十の予言」 で描かれていた恐怖の二極化のことだろう。

なんだ、表現は違うけれど同じようなこと言っていたのか。


予言シリーズのジェームズ・レッドフィールドとは異なり、パウロ・コエーリョは思想をより物語的に語る。

しかも本作は旧約聖書をもとにしているとあって、とてもとっつき易く読み易かった。

といっても、先ほども述べたように聖書に関する知識は皆無な上、世界史の成績も散々だったせいで、フェニキアとかアッシリアとか言われてもぜんっぜんピンと来なかった・・・。


この作品を最後に、たぶん、山川さん夫妻はパウロ・コエーリョ作品の翻訳をしていない。

お互いの目指すところが違ってきちゃったのかな。


それにしても聖書って面白そう。

国語辞典と聖書はいつかちゃんと読んでみたい。

ジェームズ・レッドフィールド/著  山川紘矢+山川亜希子/訳


「聖なる予言」 「第十の予言」 に続くシリーズ第3弾。

これまで学んできた知恵の世界を具現化するためには何をしたら良いのかについて書かれています。


主人公は、初めて出会う少女から知恵の話をされて驚く。

時を同じくして魂の友人が訪ねてくる。

ふたりの言葉に導かれ彼はチベットへと降り立つが、秘密警察が行く手を阻む。

危険と闘いながらも、シャンバラとその秘密、第十一の知恵へと迫る。

シャンバラと呼ばれる場所はとても安らかで神秘的だった。


ペルーやアメリカが舞台だった前作までとは一風変わって、今回はアジア。

これまではキリスト教の話だと思っていたけれど、いつの間にか宗教の枠組みを超えています。

目指すものはみんなひとつだということか。

歴史については前作でも述べられていたが、今作では縦のつながりについてより詳しく述べられている。

直観的なイメージをもとに霊的に惹かれあった者同士が結婚する。

子供の魂は受胎する以前に母親と出会い、この両親のもとに生まれることが適切であるかを見極める。

生まれた子供について親は、子供が次のステップへと進む手助けをする。

そのためには多少の衝突もあるだろうが、親が子供とともに成長できるチャンスでもある。

この“生命のプロセス”を理解し行っていくことにより、魂のより高いレベルでの統一へ、そして全人類の“霊的な目的”へと近づくことができる。

シャンバラに暮らす人々はそれを実現している人々である。

植物や大地からエネルギーを得られるように、“より高度な文化レベル”にエネルギーの場を設定している。

また、人間はそれぞれの守護天使を持っており、彼らの存在を“認める”ことで、彼らは私たちのエネルギーとともに働いてくれる。

シャンバラに眠る秘密、理想の霊的文化を保つために信仰や期待を具体的にどのように使うか、という第十一の知恵とは第一から第四の拡張のことである。

私たちの祈りの場は存在し、そこからエネルギーが流れ出す様を思い描くことで世界に影響を与えられると認識すること。

祈りの場を直感や“偶然の一致”に対して敏感になるように設定すること。

他者に対する期待、すなわち、流出したエネルギーが“他の人々のエネルギーレベルをも高め、彼かが彼らの内なるものと彼ら自身の高次の直観につながるように期待する”こと。

その際、プロセスが展開することは期待しても起こることに対しては執着せず、常に肯定的な期待をすること。

すなわち、他者に対する否定的意見を持たないこと。

これらを実行することで、私たちはエネルギーを高め、守護天使に権限を与えたり頼みごとをしたりすることが可能となる。

世界規模で大きくなったエネルギーの場は地球を覆い、人類の文化はより高い次元へと進歩する。


疲れた。

いきなり守護天使とか出てきて焦った。

シャンバラの世界観がとてもSF的。

ガラス張りの建物、明かりはなくともひとつひとつのものが自然発光していて、電気は不要。

姿を見えなくできたり、瞬間移動めいたことができたり。

作中で主人公もそのように述べており、それに対する答えが面白かった。

「多くのSFは予言的です。あなたが今見ているものは進歩の結果にすぎません。私たちはあなたと同じ人間です。――――」(本文より抜粋)

確かにね。SFって別に夢物語ってわけじゃなかったんだっけ。

ここに述べられてることが真理なのか論理的に組み上げられたものなのかはさて置き。


シリーズ全部読まないのは不完全燃焼だから結局読んでしまった。

入門編で止めとけばよかったかなぁと思うこともしばしば。

ほんと、2作目後半からはかなり惰性だった。

でもまぁこの作品は非現実的な感じが強すぎて、逆に割り切って読めたから楽だったかも。

著者が言いたかったのは非現実ではなく超現実なんだろうけど。

で、山川さん夫妻についてもちょっと調べてみたら、mixiにいた!笑

揃って東大の超エリートで、今はおふたりでスピリチュアルな活動をしているとか。

HP「山川紘矢・亜希子のSpiritual World」

うん、そういう世界もあるよね。


ジェームズ・レッドフィールドの本は読むだけ読んだけど、山川さん訳の本はまだ残ってるんです。

マイブームで買っちゃうと飽きたときに大変・・・

でもこういう考えも嫌いじゃないからやっぱ読んでよかった。

信じる信じないじゃなくて、知識になっちゃう感じだけど。

っていうか、知識にすら残ってないかもだけど、通過することに意味があると思うから。

ジェームズ・レッドフィールド/著  山川紘矢+山川亜希子/訳


以前読んだ「聖なる予言」 の続編です。

前作で辿り着いた第9の知恵に続く新たな知恵を探す、というストーリーにのせて、人間の本来あるべき姿やその未来、果ては地球の進化について説いています。


主人公を第9の知恵に導いたシャーリーンが行方不明になった。

彼女の残した手掛かりを追って第十の知恵に関わると言われる森へと導かれ、事件に巻き込まれる。

森では、地球そのものからエネルギーを取り出すという、危険な実験が行われていた。

主人公は森で出会った仲間たちとともに実験を阻止すべく立ち向かってゆく。


前作よりも、より霊的な部分を強調する箇所が多い作品だった。

ごっちゃごっちゃしてて(しかもあまり覚えていなくて)よくわからなかったけど、以下、自分なりに大事なんじゃないかと思った点をいくらかまとめてみます。

人間はそれぞれ目的を持って生まれてきており、それをバースビジョンと呼ぶ。

また、その魂は惹かれあい、魂のグループというものを形成している。

バースビジョンを思い出し魂の声に耳を澄まさないと、“気付き”や“あちらの世界への行き来”はできない。

歴史に立ち塞がってきたのは恐怖である。

“気付き”や“霊的な至福感”を得るためには、不安や孤独や喪失感などの“魂の暗黒の夜”を乗り越えねばならないからだ。

ゆえに、新しい次元に進もうとする側と、変化によって失うことを恐れ留まろうとする側の二極化が生じてきた。

この魂の二極化を止めるためには、私たちひとりひとりが“気付”かなければいけない。

そして、魂のグループの目的が全て統一されたとき、世界は霊的に(支配的にではなく)統合されたと言える。

大地、自然、動物などの地球のすべてはその手助けをしてきてくれていたし、宗教もまたその手段である。

私たちの魂の成長によって、私たちの期待する未来を選択するのだ。


はい、以上です。

もしかしたら解釈が全然間違っているかもだけれど。

言葉にしにくいことを言葉にすると、難解なだけでなく不確かになってしまうんですね。

まあ前作と同じく、こういう考え方もあるんだなという程度で。

のめり込みすぎたらヤバイ、と脳が警告してきたみたいで、途中から完全に流し読みになってしまった。

面白いには面白いんだけど、気付くとすっ飛ばしすぎて意味不明になっていて困った。

目的と恐怖の関係や、恐怖の二極化についてはなるほどなと思った(だから覚えてた)。

変化を恐れるという場面だけでなく、馬鹿げているとか絶対に無理だと決め付けているとかの場面にも、怖れは存在するんだろう。

信じる者が救われるわけではないだろうけれど、始まりは信じることにあるというのが大事なんじゃないか。


なーんてね。


読んだのがかなり前なので思い出すの大変だった。

思い出しノルマあと4冊・・・

めんどいけどせっかく読んだからには残しておかなくちゃいかん・・・・・・・・

そして読まなきゃノルマもすっごいたまってきちゃってる。

読みたいの買っちゃうもんだから。

今読んでるのは大好きなジュール・ヴェルヌ。

最近ペース超遅いから読み終えるのはいつになるかわからんけれど。

今日は朝からずっとお天気雨です。

すっごく晴れているのに雨がポツポツ、ときにザーザー。

ということで、普通に自転車で出かけました。

風が強くて傘差すのだるいもん。


ガチャガム って商品がタカラトミーから発売されているそう。

ガチャガチャみたいに回すとガムが出てくるんだって。

ボトルガム愛用の身としては興味津々。

確かに、ボトルに指突っ込んでガム出すのにちょっと抵抗あったからこれはいいかも!

持ち運びには向いていなさそうなのが残念です。

ちなみに個人的にはガチャガチャよりもガチャポンの方がしっくりきます。

HPのプロモーションムービーが超テンション高いです。

チャームチャームガッチャガーム!

机の恋人!あなたとわたしのコミュニケーション!