おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
子供の頃一緒に遊んだ友達と何十年ぶりかで会うとすっかり印象が変わっていることが多いです。
もっとも、こんな子もいました。
家庭菜園をしている近所の人からイチゴをたくさん貰ったので、レイコおばさんにおすそ分けすることにした。
レイコおばさんの家は築数十年のマンションで、子供の頃はよく遊びに行ったものだ。
当時、エレベーターのついたマンションが珍しく、マンションに住む子供達と建物の中で鬼ごっこをしたりした。
そんな中に、ゆうへいくんという男の子がいた。
ゆうへいくんはぼくと同じ年頃の子なのだが、マンションのことに詳しくて、あのおじさんは何号室に住んでいるとか、あのおばさんは部屋の前を掃除するとお小遣いをくれるとか住民のことをよく知っていた。
成長するにつれぼくもマンションの子達と走り回って遊ぶことはなくなったが、レイコおばさんのうちには時々遊びに行った。
そういえば、高校の頃、マンションの廊下でゆうへいくんそっくりな子供とすれ違ったことがある。
ゆうへいくんの弟かな、その時そう思ったのを覚えている。
イチゴを抱えて何年振りかで訪れたマンションは、記憶の中にある建物と比べて随分寂れていた。
郊外にショッピングセンターや高層マンションが次々と建ち、この辺りには年配の人達が残されているだけだという。
エレベーターの扉が開いた瞬間、小さな体が中から飛び出して来た。
ゆうへいくんだ。
思わずぼくは名前を呼びそうになったが、改めて見るとゆうへいくんの姿はなくなっていた。
レイコおばさんの部屋を訪ねると、おばさんはコーヒーを入れて待っていてくれた。
「せっかくだから真ちゃんもイチゴ食べて行きなさいよ」
勧められて、ぼくもおばさんと一緒に自分のお土産のイチゴをいくつか食べるはめになる。
「そういえば、さっきエレベーターからゆうへいくんそっくりな子が飛び出して来たんだ」
とおばさんに話すと、
「あら、真ちゃん、ゆうへいちゃんが見えたの?ゆうへいちゃん、子供のままでまだこのマンションに住んでるのよ」
おばさんは平然と答える。
「……だって、ゆうへいくんと遊んでたのは小学生の頃だよ」
「ええ、ゆうへいちゃんは今でもあの頃のまんまよ」
ぼくはおばさんの言葉をぽかんとした顔で聞いていた。
「他のマンションの子達は大きくなってここを出て行っちゃったけど、ゆうへいちゃんはずっと子供のままでここに住んでるの。友達がいなくなって、今はいつも一人で遊んでるわ」
「ゆうへいくん、何処に住んでるの?」
「それは誰も知らない。エレベーターの中じゃないかしら」
じゃあ、さっき飛び出して来たのはやっぱりゆうへいくんだったのだろうか。
「このマンションの人でゆうへいちゃんのことを知らない人は一人もいないわ。それに、ゆうへいちゃんが何者かを知ってる人もいない。でも、いいじゃない。おじいちゃんおばあちゃんばっかりのマンションに小さな男の子が一人いて、毎日元気に遊んでるんだから」
そう言って、レイコおばさんはタッパーを棚から取り出しイチゴを四つ中に入れた。
「ゆうへいちゃんイチゴが好きだから、帰りにエレベーターの中に置いてってあげて」
ぼくは黙ってうなづいて、おばさんの言う通りにした。
一階に降りてエレベーターを出ると、
「真ちゃん、サンキュー!」
とゆうへいくんの声が後ろから聞こえたような気がした。
振り返ると、エレベーターの中に置いたタッパーにはイチゴのへたが四つ残っているだけだった。