みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

「関節周囲炎というやつですね」

 マッサージ師はぼ肩をほぐしながら言った。

「五十肩ですか」

「五十歳になるとかかると決まったものでもないし、肩関節に出ると決まってもいません」

「そういえば、肘も痛くて真っすぐ伸ばせないんですよ」

「両方ですか?」

「いや、左だけです」

 マッサージが終わると、いくらか痛みも楽になった。

 が、左肩は相変わらず重い感じがする。

 夜も遅くなったので、帰りはタクシーを拾った。

 行先を告げてから、

「運転手さん、なんか怖い思いをしたとか、不思議な目に遭ったことはありませんか」

 いつものように怪談のネタを尋ねる。

「ええ、まあ、一度怖いことがありました。夜中に瓜破の霊園前から黒いワンピースの女性を乗せたことがありました。美人でしたよ」

「幽霊ですね」

「もう、乗せた時から、そんな気がしてビクビクしてました。それでね……」

 窓から街の明かりが過ぎて行くのが見える。

 定番中の定番のタクシー怪談らしい。

 真新しいネタになりそうにないな。

「無口な女の人でね、ひとこともしゃべらないんです。で、目的地に着いてね、料金は二千五百円でした。彼女は千円札を一枚出した後、『すみません、あとは細かいのしかないんですが』『いいですよ』百円玉を一枚ずつ出して『一、二、三……』と数えながら出すんです。『八、九、十、十一……今、何時ですか?』『十二時ですね』『十三、十四、十五、はい二千五百円』『ありがとうございます』と領収証を渡しました。ところが、後で精算すると百円足りない。あの時は怖かったですね」

「はははは、やられましたね」

「それがね、お客さん、その時乗せた女の人、服装といい顔といい、そちらにいるお連れ様とそっくりなんですよ」

「お連れ様?」

 ぼくは一人で乗っている。

 もちろん、隣の席には誰もいない。

「それ、どういう意味ですか?」

 身を乗り出して見ると、ルームミラーの中に嬉しそうにぼくの左肘につかまって左肩にもたれかけている黒いワンピースの女性が映っていた。

「6月21日、朝4時半に籠宮神社に来てくれ」

 いきなり、学生時代の友人石清水(いわしみず)からLINEが届いた。

 石清水とぼくは大学のSF研究会の仲間だったが、彼はメンバーの中でも特に変わり者だった。

 何度か家に行ったこともある。

 古い大きな屋敷だった。

 まだ暗い神社に着いてみると、石清水は既に来ていた。

 スコップを持っている。

「どうしたんだ?」

 と尋ねる。

「お前、かごめかごめの歌を知ってるだろう?」

 いきなりそう問いかけてきた。

「知ってるけど、それが何か……」

「実は、死んだお祖父ちゃんの手紙が、この前出て来たんだ。それにかごめかごめの歌詞が写してあり、“この詞には埋蔵金の秘密が隠されている”という意味の言葉が書かれてた。お祖父ちゃんは古代史の研究家だったんだ」

「ま、埋蔵金の秘密!」

「ああ、誰にも言うなよ」

「で、どんな秘密なんだ」

「まず、かごめの“かご”というのは、ここ籠宮神社のことらしい。ここで夏至の朝、何か現象が起きるとのことだ」

「今日が夏至だな」

 日が昇り始めた。

「今が、夜明けの晩だ」

 石清水が興奮したように言う、何が起きるのだろう?

 あたりを見回す。

 二人とも、かごめかごめの童謡を口ずさんでいる。

「何かわかったか?」

「……籠の中の鳥、って何のことかな」

 鳩も飛んでいないし、夜明けを告げる鶏の鳴き声も聞こえない。

 朝日がぼくら二人の長い影を作っている。

「あ、これだ!」

 石清水が神社の鳥居を指さして叫んだ。

「鳥居か!」

「うん、籠の中の鳥というのは、籠宮神社の鳥居のことじゃないだろうか」

「じゃ、この鳥居の下に埋蔵金が?」

「いや、そうじゃないと思う。だったら、わざわざ夏至の日を待つ必要がない」

「なるほどな」

 古い木の鳥居だ。

 おそらく何百年もの間、埋蔵金を守り続けて来たのだろう。

 一年に一度、夏至の日にだけ秘密を証すヒントを与えながら……

「あ、あれだ!」

 石清水が境内にある小さな池を指さした。

「池がどうかしたのか」

「あれを見てみろ」

 石清水が示す先に目をやった。

 影だ。

 朝日に照らされた鳥居が池のほとりに影を落としている。

 その先端が、ぴったりと池の淵にかかっているのだ。

「あそこを掘ればいいんだな」

 ぼくが尋ねる。

「取り合えず、行ってみよう」

 二人で池のほとりへ向かう。

 池には亀が何匹もいる。

「……う~ん」

 石清水が腕を組んで何やら考えだした。

「スコップを貸してくれ。ここを掘ってみる」

 鳥居の影の先に立って催促した。

「確かに池に亀はいるが、鶴が何処にもいない」

「そんなことがどうでもいいから、スコップを貸し……」

 手を出してバランスを崩したぼくは、その場に背中から転倒した。

 ゴツンと音を立てて芝生の上で頭を打つ。

「いててっ……」

「これだ!」

「何がだよ」

「わかったんだ。お前、今柔らかい芝生の上に頭をぶつけたのにゴツンを音がしただろう」

「ああ、石にでもぶつけたのかと思った」

「そこを掘ってみよう」

 石清水はぼくが頭をぶつけた辺りの芝生を掘り出す。

 芝生の下の土は薄く、50センチ四方の白い大きな石板が出て来た。

 真ん中に六芒星が描かれている。

 石板をめくりあげると下は小さな石室になっており、その中に古い風呂敷のようなものに包まれた、一抱えもある箱が置かれていた。

「これが埋蔵金に違いない」

「どうしてここが分ったんだ?」

「お前のお蔭だよ。お前が“つるっと亀の池のほとりで滑って”後ろ向きにこけてくれたから、ここが“後の正面”だと気がついたんだ。さ、箱を開けてみようぜ」

 

「とりあえず、乾杯しようか」

 ぼくらはプルトップを開け、程よく冷えた缶を口に運んだ。

「お前のお祖父ちゃん、洒落のきつい人だったんだな」

「ああ、昔からそうだったけど、まさか死んだ後までとは……」

 あの風呂敷包みをほどいて出て来たのは“ご苦労様でした”と毛筆で書かれた半紙と、60缶入りの「カゴメ」トマトジュースだった。

 

 夏目漱石は頭の良い人だと思います。

 無論、東京帝国大学を卒業、「国費で英国留学をしたインテリであり、「坊ちゃん」「吾輩は猫である」など名作を残した文豪でもありますが、非常に洞察力のあった人だったに違いない。

 彼の小説に「三四郎」「それから」「門」という三部作があります。

 漱石の才気を感じるのは、この二作目の「それから」、話の内容ではなくタイトルにおいてです。

 考えてもみてください。例えば高名な文学者に、

「先生が素晴らしいと思われる小説は?」

 と尋ねて、

「『カラマーゾフの兄弟』『アンナ・カレーニナ』それから『誰がために鐘は鳴る』ですね」

 と答えたとします。

 文学のことをよく知らない人は、

「『カラマーゾフの兄弟』『アンナ・カレーニナ』『それから』『誰がために鐘は鳴る』の四つか。タイトルから見たら『それから』というのが簡単で読みやすそうだな」

 と考えて漱石の本が売れるわけです(笑)

 これを応用して、ぼくが書いたのが「マジで一番怖かったのは」というタイトルの作品です。

 最初は、自分でやってるラジオの朗読ドラマにする予定でした。

 ところがネットで発表すると、狙い以上にタイトルが一人歩きし始めたんです。

 例えば、ホラーマニアに、

「怖かったホラー小説は?」

 と訊いて、

「マジで一番怖かったのは『墓地を見おろす家』かな」

 怪談収集の先生に、

「先生が怖いと思う怪談は?」

「マジで一番怖かったのは『牛の首』ですね」

 こんな回答が返ってくると、

「『マジで一番怖かったのは』というタイトルの怪談をいろんな先生が推しているところを見ると、きっと傑作に違いない」

 多くの人が誤解するわけです(笑)

「それから」効果と同じですね(笑)

 さらに、このタイトルの映像化のお話をいただきました。

 ストーリーの映画化ではなく、このタイトルのオリジナル映画を製作したいとのことです。

 予算もあまり潤沢ではないので、二流俳優でもある作者のみぶに主演させよう、ということになったわけで(笑)これがまた、タイトルのお蔭で評判を呼び、“ホラー映画版「ロッキー」”との評価まで貰いまして、ぼくが今回の映画祭の主演男優賞をいただくこととなりました。

 皆様、ありがとうございます。

 これが夢で、目を覚ましたら自宅のベッドの上にいるのではないかと思うと、それがマジで一番怖かったです(場内爆笑)

「みぶ真也さんですよね」

 道頓堀を歩いていると、いきなり声をかけられた。

「そうですけど……」

 見ると、丸顔小太りの中年男性がニコニコ笑いながらこちらを見ている。

「毎月、鶴橋の怪談ライブ拝見してますよ。それから、ラジオの怪談もずっと聴いてました」

「ありがとうございます」

「これから、どちらへ?」

「帰る途中ですが」

「ちょっと何処かへ寄って怪談の話でもしませんか」

 このおじさん、怪談好きなようである。

 歩く時、おじさんが右足を引きずっているのに気づき、

「もしかして痛風ですか」

 経験者として尋ねてみた。

「さあ、わかりませんがどうもこのところ右足がいたくて……」

 千日前の居酒屋へ一緒に入った。

「みぶさんの出たホラー映画も好きですが、やっぱり怪談が一番楽しいですね」

 生ビールのジョッキを片手に言う。

 痛風だとしたらビールは辞めた方がいいのだが……

「例えば、どういうふうな?」

「怖いだけじゃなくちゃんとオチのある話が好きなんです」

 それから古今東西の怪談、さらに落語の怪談噺にまで話題が広がった。

「上方落語の怪談はオチがあって面白いですね。『幽霊(ゆうれん)の辻』とか『七度狐』とか。江戸や京都の怨念モノと違って、狐や狸がいたずらをする噺も多いですよね。『紀州飛脚』とか」

「そうですね。狸と言えば米朝師匠の『まめだ』なんかも、ちょっと泣かせる良い話でした」

「それ聴いたことないです。どんな噺か教えてください」

 言われるままに、落語「まめだ」の筋を話した。

 

 主人公は市川右團次の弟子の市川右三郎。役者とは言え大部屋で売れてないというあたりは身につまされる(-_-;)

 右三郎の実家は三津寺筋の膏薬屋で家電のびっくり膏という薬を貝殻に詰めて売っている。

 ある夜、いたずらをしてきた豆狸をぶっ飛ばして追い散らした。

 と、翌日から実家に毎日のように色の黒い少年が来てはびっくり膏を買って行く。

 それからというもの何故か店の売り上げの中に銀杏の葉が一枚混ざっていた。

 ところがある日、三津寺境内で体中に貝殻を貼りつけた豆狸の死骸が発見される。

「このマメダなぁ、わたしが殺したよぉなもんだんねん体が痛いもんやさかい、銀杏の葉ぁを銭に変えて、うちぃ毎日膏薬買いに来てたんでやす。お前なぁ、言わんかい、教(お)せたんねんやがな。こんなもん、この薬を紙か布(きれ)へ延ばして痛いところへあてがわなんだらいかんのに、貝のそのままベタベタ……、こんなフサフサと毛ぇの生えた体へ押し付けたかて、何効くかいな。ちょっと言ぅたら教せたるのに……」

 右三郎は哀れに思い、三津寺で豆狸を供養するという噺だ。

 

「ええ話でんなあ」

 そういっておじさんはハンカチで涙をぬぐっている。

「貝殻ごと膏薬を貼り付けるなんて、ロキソニン・テープやサロンパスの裏のフィルムをはがさずに痛い所に着けるようなもんで効き目はなかったでしょうね」

「へえ? ロキソニン・テープはフィルムをはがして貼らないと効き目がないんですか!」

 真面目な顔をしておじさんが訊いてきた。からかってるのかと思い返事出来ずにいると、

「三津寺さんといえば近くですね、私、これからちょっと寄って帰ります」

「じゃ、お愛想しましょう」

 勘定は一万円弱だったのでぼくがpaypayで支払う。

「半分出します」

 とおじさんは五千円札をぼくに手渡した。

 札を札入れに入れてから店を出たが、もう彼の姿は何処にもない。

 足が悪いのにいつの間に行ってしまったのだろう。

 どういうわけか、店の前にロキソニン・テープのフィルムだけが何枚も落ちていた。

 まさか、あのおじさん、本当にロキソニンの貼り方を今まで知らずにテープごと足にくっつけてたんじゃないだろうな。

 ぼくは自分の想像に吹き出しそうになった。

 おじさんが本物の狸だったとしたら……

 考えるたびに丸顔小太りの彼の容貌を思い出してニヤニヤ笑いが止まらない。

 笑いは、タクシーで帰宅後、料金を払おうと出した札入れの中に銀杏の葉っぱを一枚見つける時まで続いた。

 夜の堤防だった。

「今夜はかかりませんね」

 ぼくは隣で釣り竿を垂らしている潮(うしお)さんに話しかける。

「潮目が良くないかな」

 潮さんは正面を見ながら答えた。

「ちょっと煙草取って来ます」

 そう言ってぼくは立ち上がり、自分の車の方へ向かった。

「あれ?」

 駐車場に停めたはずの自動車がない。

 しかも、車があった場所には白いべとべとした液体が溜まっている。

「潮さん、車盗まれました」

 堤防に駆けて行くと、潮さんの姿まで消えていた。

 しかも、さっきまでいた場所にはやはり白い液体が……

 

「すると、自動車と人間が消えて、現場は白い液体だけが残っていたというわけだね」 

 ぼくが慌てて駆けつけた『金子妖怪研究所』の所長が言った。

「そうなんだ。ただの盗難や誘拐とは思えない。妖怪の仕業だったら、光っちゃんの相談するのが一番早いと思ってね」

 ぼくと所長とは幼馴染みなので互いに“光っちゃん”“真ちゃん”と呼びかわす仲だ。

「ペロリゴンじゃないでしょうか?」

 コーヒーを淹れて運んで来た助手の郁子さんが口を挟んだ。

「ペロリゴンって言うと、あの何でも食べてしまうという……」

「うん。だとしたら、駐車場に戻らなかったら真ちゃんもペロリと食べられてたところだ。よし、現場へ行ってみよう。郁ちゃん、あれを出して」

「はい」

 郁子さんがドレッサーの引き出しから腕時計を出して光っちゃんに手渡す。

 郁子さんの運転で再び訪れた夜の海は凪いでいた。

「このへんだよ」

 ぼくが言い、郁子さんが車を停める。

「なるほど、白い液体が残ってる。ペロリゴンの消化液みたいだな」

 光っちゃんの言葉を聞いてぼくが液体に触れようとすると、

「真ちゃん、触ると手が溶けちゃうよ」

「ひっ!」

 慌てて右手を引っ込める。

 郁子さんがスポイドでガラス容器に液体を移し、

「後で分析してみます」

 と言った瞬間、激しい波の音が聞こえ、ぼくの身体が何かに絡めとられるように空中に舞い上がった。

「ペロリゴンの舌に真ちゃんが捕まった。ロボ、体当たりだ!」

「マッシ!」

 暗闇の中でそんな声だけが聞こえ、大きな衝撃が全身に走る。

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 目を覚ましたのは病室のような部屋のベッドの上だった。

「みぶさんの意識が戻ったようです」

 郁子さんの声が聞こえた。

「こ……ここは?」

「金子妖怪研究所のベッドの上だよ」

 見ると、潮さんが枕元に立っている。

「潮さん、無事だったんですか?」

「ああ、でもひでえ目にあったよ。もうちょっとで溶かされるとこだった」

 とハンカチで汗をぬぐう。

「真ちゃん、気がついたかい」

 光っちゃんが部屋に入って来た。

「おっ。君がここの所長だったのか」

 潮さんが驚いたように言う。

「あ、潮さん、ご無沙汰しております」

 光っちゃんがかしこまる。

「なんだ、二人は知り合いだったんですか?」

「うん、潮さんはぼくの妖怪学の先生なんだ」

 それは知らなかった。

「まさか、金子に命を救われるとはなぁ」

 潮さんは感激しているようだ。

「ペロリゴンはどうなったんだろう?」

 ぼくは気になっていたことを口にした。

「傷を負って海に戻って行ったようだが。快復したらまた悪さをするかも知れない。パイドンに頼んで海から出さないようにして貰おう。郁ちゃん、連絡して」

「かしこまりました」

 郁子さんが部屋を出て行く。

 ……がしばらくすると、顔色を変えて部屋に戻って来た。

「所長、ブティックYOSHIDAからの連絡が入りました。店のマネキンが動き出して客を襲っているようです」

「よし、行ってみよう。郁ちゃん、あれを!」

「はい」

 郁子さんはドレッサーから取り出した腕時計を光っちゃんに手渡した。