みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

 

 怪談会が終わり、高瀬くんと一緒にタクシーで帰ることになった。

 ぼくと彼の家は同方向なのだ。

 高瀬くんとはよく怪談イベントで会う。

 彼は極度の怖がりなのだが、怪談が大好きという変わり者だ。

 拾ったタクシーの運転手はいかつい顔をしていた。

 それだけでも高瀬くんがびくっと震えるのが分る。

 高瀬くんのアパート経由でぼくの家までと行く先を告げた。

 タクシーが発車すると、ラジオから「不思議ものがたり、みぶ真也の深夜のみぶ」とタイトルが流れた。

 高瀬くんが慌てて、

「運転手さん、怖いからラジオを止めてください」

 と頼む。

「高瀬くんは本当に怖がりだな」

「だって、もう怖い話でお腹一杯です」

「大丈夫、この深夜のみぶのコーナーは今年の3月で終わるから」

「ああ、良かった」

 しばらく夜道を走っているうちに、ぼくは異様なものに気づいた。

 車の前方の角に妙な人が立っているのだ。

 体は子供くらいの大きさで、肌の色は灰色。

 全身に毛が無く、大きなつり目、しかもその目は全部黒くて白目がない。

「おい、高瀬くん、あれはもしかして宇宙じ……」

「わっ、幽霊だ!」

 高瀬くんが叫ぶ。 

「きっと幽霊です。淀川で死んだ河童の幽霊かもしれません。甲羅と頭の皿を川で流されてあんな姿になって化けて出たんでしょう。怖ぁ~」

 高瀬くんが震える。

 ぼくから見ると宇宙人にしか見えないのだが、怖がりでお化け好きの高瀬くんは理屈をつけて幽霊だと言い張る。

「いずれにしても人間じゃないことは確か……うわぁ!」

 ぼくは思わず叫んだ。

 タクシーのフロントガラスの向うの上空から、青く光る物体がこちら目掛けて飛んで来たのだ。

「あれは、Uフォ……」

 言いかけたところで高瀬くんが、

「人魂だ! 巨大な人魂。瓜破霊園から来たんだな。怖ぁ~」

 いや、あれはどう見てもUFOなんだが、高瀬くんには人魂に見えるらしい。

 物体の青い光がタクシーを覆い、やがて消えてしまった。

 高瀬くんが河童の幽霊だと言い張る宇宙人もいなくなっている。

「着きましたよ」

 いかつい顔の運転手が車を停めた。

「こんな怖い夜、一人で眠れないんで、みぶさん、ぼくのうちに泊まってくれませんか」

 高瀬くんに言われて、しかたなく一緒にタクシーを降りる。

 料金を受け取った後、運転手は正面を向いて独り言のように、

「この惑星の住人は宇宙人より幽霊の存在を信じているようだ」

 と呟いて缶コーヒーを飲んでいた。

 

 

「朗報です。御子柴翔直々の指名で、主演映画にみぶさんに出て欲しいそうです」

 マネージャーから連絡があった。

 御子柴は今をときめく若手二枚目俳優だ。

 もちろん、断る手はない。

 顔合わせの日に、映画会社の会議室へ出向いた。

 大手メディアが出資した新しい映画会社だ。

 ここの作品に出るのは初めてだが、その大きな建物の扉をくぐった時、とても妙な感じがしたのを覚えている。

 視界にはいる受付もエレベーターホールも、そこここを忙しく歩き回る人たちも、以前一度見たことがあるような気がした。

 デジャヴとか、既視感というやつだろう。

 会議室に入る。

 広い会議室にいるのは、御子柴翔と監督とプロデューサーだ。

 御子柴はドラマやCMでよく見かけるから当然としても、初顔合わせのはずのプロデューサーや監督も何処かで会ったことがあるように感じた。

「みぶさんの出演シーンは合計82シーン、スタジオで40日、滋賀県のロケ地で25日の拘束になります」

 監督が分厚い台本を広げて言う。

「スタジオはこの社屋の六階にあります。ご案内しましょう」

 四人そろって部屋を出る。

 六階のスタジオに案内された時も息を飲んだ。

 ここと同じスタジオに、間違いなく来たことがあるのだ。 

 

「撮影は順調ですか?」

 スタジオ撮影の日、マネージャーがぼくに尋ねた。

「ええ、順調なんだけど、なんだか妙なんです。ぼくは一度、この映画に出たことがあるような気がするんです」

「何を馬鹿な事言ってるの」

 マネージャーは取り合ってくれない。

 滋賀県のロケ地を訪れた時も、町の風景や窓から見える琵琶湖に見覚えがあった。

 もっとも、滋賀は行政が映画やドラマのロケを誘致している土地だから、何かの作品で来たことがあるのかも知れない。

 撮影が進むにつれ、ぼくは確信した。

 自分はこの映画に一度出演したことがある。

 それも、いつか見た夢の中で。

 夢の中での撮影を今追体験しているのだ。

 クランクアップで花束を貰った時も、テレビ番組の中で作品の宣伝をした時もその確信は揺らがなかった。

 封切まで後一週間と言う時に、事件が起きた。

 主演の御子柴翔が飲酒運転で事故を起こしたのだ。

 作品はお蔵入りになり、スポンサーは逃げ出し、代理店は倒産して、ギャラも入らず……

 

 耳元で携帯電話が鳴って目を覚ます。

 夢だったのか。マネージャーからだ。

「朗報です。御子柴翔直々の指名で、主演映画にみぶさんに出て欲しいそうです」

 ロケバスの中には随分人が乗っていた。

 奥の方へ行くと、ベテラン女優の有馬敏江先生が二人掛けの席の通路側にぽつんと座っている。

 有馬先生はドラマでご一緒して以来、自宅に招待していただいたりプライベートでもおつきあいのある方だ。

 席を詰めてもらおうと近くへ行った。

 先生は窓側の空席に向かって何か話をしている。

「そうよね、あの時は雨にたたられてまいっちゃったわね」

 もちろん、席には誰もいない。

「有馬先生、おはようございます。みぶです」

「あら、みぶちゃん、おはよう」

「今、誰とお話されてたんですか?」

「こちらは佐山幸太郎さん。若い頃、よく恋人役をやったものよ」

 窓側の空席を指して言った。

 それに佐山幸太郎先生は数年前に亡くなったはずだ。

「いえ、その席には誰もいないように見えますけど」

「何、言ってんの。失礼じゃないの。ね、佐山さ……あれ? いない! 今の今までここに座ってらしたのに」

 彼女は狐につままれたような表情で席を詰め、ぼくは隣に腰掛けた。

「私、認知症が始まっちゃったのかしら」

「いえ、しっかりされてると思いますが」

 その後、しばらく会話しても有馬敏江先生に変な様子はなかった。

「みぶさん!」

 後ろから、不意に声をかけられる。 

 声をかけてきたのは顔見知りのADナオくんだった。

「あ、ナオくん、おはよう」

「みぶさん、あのう、さっきから誰とお話されてるんですか?」

「誰って、有馬先生にご挨拶を……あれ?」

 窓側の席を見ると、誰もいない。

「みぶさん、有馬先生って有馬敏江さんのことですか?」

「そうだけど」

「あの……まだ、事務所からは発表してませんが、有馬敏江さんは二日前にお亡くなりになったそうなんです」

「え?」

「ご身内だけで密葬を済まされてから発表するとのことです」

 ということは、このロケを楽しみにしていた有馬先生の魂だけがバスに乗り、やっぱり魂だけの佐山先生と亡くなった人同士でお話をされていたということだろうか。

「仲の良かったみぶさんにだけ見えたのかも知れませんね」

 ディレクターの香川さんもバスに乗り込んで来た。

「おい、ナオ、さっきから誰と話をしてるんだ?」

「みぶ真也さんと久しぶりに会ったんで懐かしくて」

「何言ってるんだ。みぶちゃんがいるわけないだろう。みぶ真也さんは昨日、急に事故に遭って……」

え? ぼくも死んでるのだろうか……

 

 近所にあるショッピングモールには都市伝説があった。

 夕方、三階にある鏡の一つが人間を映さなくなるというのだ。

 背後にある風景は映るのだが、前に立った人間だけが映らないという。

 怪談のネタにと思い、ある日調べてみた。

 三階は紳士服売り場だから、売場の至る所に鏡がある。

 さらに試着室、トイレを含め全ての鏡を見たがおかしな様子はない。

 諦めて店を出ようとエレベーターの前に立つと、

「ちょっと、そこのあなた」

 と背後から声をかけられた。

 振り向くと、以前は非常階段であった場所に占いコーナーが設置されており、ベールで顔を隠した女性が水晶玉を前のテーブルに置いて座っている。

「あなた、明日はお忙しいですね」

「は、はあ」

 確かに明日は早朝からドラマの撮影があり深夜までスケジュールが埋まっている。

「早口言葉の練習をしておいた方が良い」

「はあ」

 適当にあいづちを打ってエレベーターに乗り込んだ。

 なんとなく彼女の言葉が気になり、その夜は外郎売など早口言葉をおさらいすることにした。

 翌日の撮影では、決められていた台詞を現場で急に早口でしゃべることになり昨夜のおさらいが役に立った。

 それから、大事な仕事の前日には占いコーナーに立ち寄るようになったのだが……

 

 占いコーナーで「体を動かしておいた方が良い」と言われた時は翌日の撮影でアクションシーンが付け加えられたり、「朝は何も食べないで行け」と指示された時はCMの撮り直しが続いてラーメンを6杯も食べることになったりもした。

 しかし、見料は取ろうとしない不思議な占い師だ。

 大きな映画のオーディションを翌日に控えた時も、もちろんショッピングモールの占いコーナーへ出向いた。

 ところが、いつの間にか占いコーナーはなくなり、その場所は非常階段になっている。

 顔見知りの店員が通りかかったので訊いてみた。

「すみません、ここにあった占いコーナーは移転したんですか?」

「はあ? 占いコーナーなんてこのモールにはありませんよ。ここはずっと前から非常階段ですが……」

 狐につままれたような心地で、翌日はオーディション会場へ向かうことになった。

「みぶ兄(にい)!」

 会場で声をかけられる。

 以前、現場で一緒になった元モデルの如月セリナだ。

「みぶ兄の家の近くのショッピングモールに都市伝説があるの知ってた?」

「三階の?」

「そう、三階の非常階段に向かって一人でブツブツ話しかけるキモいおっさんが出るらしいよ」

 あの夜も、こんな寒い晩だった。

 え、いつのことかって? 

 実はな、小夜子、人にこの話をするのは、これが初めてなんだ。

 一人で夜釣りに出た時のことだ。

 冬の夜は日中より釣りに向いてるって聞いて厚着して出かけた。

 潮目が良かったんだろう。

 折り畳み式の魚籠が魚でいっぱいになった。

 そろそろ帰ろうかと車に乗ったら、寒さのせいでバッテリーが上がってエンジンがかからないんだ。

 JAFを呼ぼうにも公衆電話が何処かもわからない。

 携帯のない時代だったからね。

 通りがかる車もなかった。

 エンジンのかからない車の中で夜明かしかと覚悟した時、少し離れた所に小さな小屋があるのが目に入った。

 鍵は掛かってなくて扉が開く。

 中には薪ストーブがあるだけの狭い小屋だ。

 漁師が休憩室のように使ってる場所なんだろう。

 ストーブに火をつけ、暖まりながら夜明けを待つことにした。

 部屋が温もってくると、魚籠の中の魚が傷むかと気になったが、外に出しておいて猫などに取られても困るので一緒に部屋に入れておいた。

 うつらうつらした時、急に寒さで目を覚ました。

 いつの間にか扉が開いていて、ストーブの火が消えている。

 扉の外は吹雪だった。

 ……と、扉から一人の女が小屋に入って来た。

 色の白い女だった。

 女は凍えるふうでもなく、魚籠の上から白い息を吹きかけた。

 中に詰まった魚は、その一吹きを受けてかちかちに凍りつく。

 その後、俺の方に近づいて来た。

 体が動かない。

 もう死ぬことを覚悟した。

 女は俺を見て、

「お前は生かしておく。今夜ここで起きたことは誰にも話してはいけない」

 そう言って出て行った。

 そこで金縛りが解けて、ストーブを焚きなおしたんだ。

 朝になって、通りかかった車に助けて貰い家に帰った。

 あれは魔物の類だったんだろう……

 おい、小夜子、どうした? 

 え? 

「あの夜、誰にも話してはいけないと言ったはず。私がその女だったのよ」

 まさか……

「あなたが話した以上、もうここにはいられない」

 ま、待ってくれ小夜子!

 

 妻の小夜子はその晩出て行ったきり、戻っては来ませんでした。

 その後ですか?

 別れてから彼女は、近所の食品工場に勤め始めたそうです。

 今では冷凍食品部門の管理責任者として、随分出世したとか。

 あの丘の上に大きな屋敷が見えるでしょう。

 あれが彼女の家です。

 それにしても、あの夜、あの話をなんで話してしまったのか。

 黙ってさえいれば、今頃は俺もあの御殿で暮らせたものを……