猫の自治会~世にもケッタイな物語 | みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。

猫の自治会、我が町内の特殊事情を紹介いたします。

 

 

 家を出たところ、前の通路の真ん中で猫が昼寝をしていた。

 邪魔なのでポーンと軽く蹴飛ばした途端、立ち話をしていたおばさん達が血相を変えて集まって来て、

「みぶさん、なんてことするの!こちらは町内の猫会の委員長さんよ!」

 激しく詰め寄って来る。

 その夜、自治会長がうちに来て、

「みぶさん、困ったことになりました」

 と言う。

 ぼくが猫を蹴飛ばしたことで町内の猫から自治会に苦情が来ているということだ。

 意味がわからなくて問いただすと、

「これ、ご存知ないですか?」

 と会長がパンフレットを一冊差し出す。

 表紙には「初級猫語講座」と書かれている。

「家内をはじめ、町内の奥さん方がカルチャースクールでこれを始めたおかげで、猫たちと簡単な会話を交わせるようになったようなんです。意思の疎通が可能になったせいで、この町内の野良猫は決まった場所に用便をし、交通ルールも守り、人間と共存してるんですよ」

「そ、そうなんですか」

「みぶさんが今日、委員長さんを蹴飛ばしたせいで、我々に危害を加える人間がいると血気盛んな猫達が騒いでいるんです」

 このままではいけないと、ぼくは鰹節を手土産に自治会長夫婦と猫会の委員長に謝りに行った。

 猫は鰹節を受け取りながら、意外に穏やかに「フニャーフニャー」と鳴いている。

 会長夫人の通訳によると、

「委員長さんは、“どうか気になさらないでください。無知な人間のやったことですから。若い者達には私の方からよく言っておきます”とおっしゃっています」

 一件落着し、以後、住民は当番でキャットフードや牛乳を用意し、ドブネズミ達は猫が率先して捕まえてくれるようになった。

 猫と簡単な言葉が通じるというのは便利だが、反面、気をつけなければならないことも増えた。

 例えば、猫をさげすむような言葉は規制されることになったのだ。

 “ネコババ”という言葉は“ヒトババ”と言い換えられ、“猫の額ほどの土地”は“後退していない人の額ほどの土地”、“猫に小判”は“人にマタタビ”と気をつけて言い換えるようになった。

 そんなある日、自治会長さんから連絡があった。

「みぶさん、駅前に面白そうな店が出来たんですよ。今夜あたり、一緒に行きませんか」

「いいですね」

「女房には自治会の集まりがあることにしておきますので、口裏を合わせてくださいね」

「了解です」

 というわけで夕方からこっそり駅前にオープンした店に二人で出かける。

 ガールズバーとか言って、若い女の子が相手してくれる店だ。

 その夜はさんざん羽目を外した。

 二十代の女の子が“みぶさん、この角度から見たら素敵!”“会長さん、渋くて恰好いいわ”などと言われると鼻の下も伸びようというものだ。

 翌朝、ドアチャイムに起こされた時も、まだ酔いが残っていた。

「はい」

 ドアを開くと、自治会長夫妻が立っていた。

「みぶさん、昨夜は主人と一緒に若い子たちと随分お楽しみだったようですね」

 会長夫人の目が笑っていない。

 横から会長が、

「猫会の委員長の娘さんがずっと窓から我々を監視してたそうなんです。そのせいで、朝からずっと絞られ……」

「みぶさんは芸能人なんですから、社会の規範となる行動を心がけていただかなくてはなりませんわ。また。このようなことがあれば文春にでも報告致します」

 以来、外出する度に猫がついて来るようになったのに気づく。

 しばらくは、猫を……いや、人を被っているしかなさそうだ。