おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
今日は今でもまだ信じられないような体験をお話しします。
「あなたにうらみはありませんが、大人しく動かないでください」
電車の右隣のシートに座った男からそう言われ、横腹に銃口を突きつけられたらあなたはどうするだろうか。
その日の夕方、ぼくが陥ったのはまさにそういう状況だった。
「人質が必要なのです」
男は落ち着いた口調で続ける。さらに、
「このまま空港までつきあってください」
と、正面を向いたまま小声で話す。
「あんた、何者なんだ」
ぼくも小声で質問すると、
「それは言えません。私はこの国である仕事をして来たところです。母国へ帰るまで、この列車の隣に座った人に人質になって貰おうと考えていました」
どんな仕事をして来たのか知らないが、随分迷惑な話だ。
電車が停止し扉が開く。
外へ飛び出してやろうかと思ったが、ぴったりくっついた拳銃の感触を感じて思いとどまった。
二人組のおばさんが乗車して来る。
「いやあ、今日はほんま疲れたわ」
太った方のおばさんがハンカチで首筋の汗を拭きながら言う。
「ずっと歩きっぱなしやったさかいね」
眼鏡をかけたおばさんも相槌を打った。
「どこぞ、空いてないやろか?」
太った方が言うと、
「奥さん、ここ空いてやるわ。座らしてもらいはったら?」
眼鏡のおばさんがぼくの左側の十五センチほどの隙間を指さす。
「ほんまや、ほな、失礼して……」
太ったおばさんがその隙間に片方のお尻を無理やりねじこみ、ぐりぐりと割り込んで来た。
おかげで、ぼくの体はさらに銃口に押し付けられる。
おばさんはこちらを見て、
「兄ちゃん、あんた飴ちゃん食べなはるか?」
と、バッグから取り出したバター飴を奨めてきた。
「い、いえ、結構です」
「ほなそっちの兄ちゃんは要りなはるか」
拳銃の男にも奨める。
男は答えない。
「奥さん、今日びの若い人はバター飴なんか食べはれしませんよ」
眼鏡のおばさんがたしなめた。
「そんなことあれへんわよ、ねえ」
と、飴を突き出すので、男もしかたなく銃を持ってない方の手で受け取りながら、
「次の駅で降ります」
小声でぼくに言う。
車両が停止し、男にうながされてぼくが立ち上がった瞬間、
ドキューン!
銃声が響き、男の手から拳銃がはじき飛ばされた。
眼鏡のおばさんの手には煙の立つ婦人用コルトが握られている。
太ったおばさんが男の銃を拾い上げ、瞬時に彼の両手に手錠をかけた。
「兄ちゃん、危ないとこやったね」
目を丸くしているぼくに眼鏡のおばさんが語り掛ける。
「こう見えても、私らインターネットに務めてますねんで」
太った方が言うのを、
「ちゃうちゃう、インターポールや。国際刑事警察機構」
「そう、そのキコーでパートで働いてますねん」
それから、捕らえた男を指し示し、
「この兄ちゃんは国際窃盗団の一員でして、私ら三ヶ月も前から追ってましてん」
「ほな、兄ちゃん、行くで」
二人のおばさんがうなだれた男を引き連れ駅へ降りて行くのを、車内の一同は言葉もなく見送っていた。