おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
芥川先生の有名なお話の原典がこちらでございます(嘘)
ある日の事でございます。
御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
蓮の花からは何とも言えないような好い匂いが溢れております。
極楽は丁度朝なのでございましょう。
やがて、御釈迦様は池のふちから下の様子を御覧になりました。
この蓮池の下は地獄の底にあたっておりますから、水を通して三途の川や針の山の景色がはっきり見えるのでございます。
すると、血の池地獄で神田八兄弟と呼ばれる男たちが溺れて苦しんでいる姿が目に止まりました。
この兄弟は神田太郎、二郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八郎という名で、みんなして罪のない人を殺したり、他人の家に火をつけたり、いろんな悪事を働いた大泥棒でございます。
地獄ではその名が紛らわしいので、それぞれ五郎であれば「神田五(カンダゴ)」、八郎は「神田八(カンダハチ)」、次郎は「神田次(カンダジ)」、太郎は「神田太(カンダタ)」などと呼んで区別しておりました。
この太郎、通称「カンダタ」は、生涯に一度だけ良い事をした覚えがございます。
或る時、この兄弟が浜辺を通りますと蛸が一匹海に向かって這って行くのと出くわしました。
そこで太郎は早速足を上げて踏み殺そうとしましたが、
「いやいや、命を無暗に奪うのはいくらなんで可哀想だ」
と急に思い返し、とうとう蛸を殺さず海へ逃がしてやったのです。
御釈迦様は地獄の様子を御覧になりながら、このカンダタが蛸の命を助けたことがあるのを思い出しました。
傍を見ますと、丁度蓮の下に一匹の大蛸がうごめいているのが目に入ります。
御釈迦様はその蛸を抱え上げ、八本の長い足を白蓮の間から遥か下にある血の池地獄の方へ真っすぐ御降ろしになりました。
血の池で溺れている神田兄弟の下へ八本足が降りて来るとカンダタは思わず手を打って、
「おい、次郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八郎、この足を登れば極楽まで行けるかも知れんぞ」
と声をかけ、八兄弟は蛸の足をそれぞれ一本ずつ掴んで上へと手繰り登り始めたのでございます。
皆が蛸の足の半ばまで登った頃でしょうか。
末っ子のカンダハチが、
「兄貴、俺はもう両手が蛸ぬるぬるで滑って力が入らねえ」
カンダロクも、
「おいらは、もう両手が痺れて方ががくがくしてる」
と弱音を吐くのでございます。
カンダタはくじけそうな弟達を励まして、
「お前らしっかりしろ。上を見るんだ。もうすぐ極楽の蓮池だ。俺たちが地獄の底から極楽まで登り切ろうとしてるなんて、御釈迦様でも気がつくめえ」
蓮池の上でそれを聞いた御釈迦様は、
「ふぉっふぉっふぉっふぉ……」
と、御笑いになりました。
その時、御釈迦様の足元から八人の重みに耐えかねた大蛸が、
「御釈迦様、もう私の足は限界です。これ以上こいつらをぶら下げていたら、自慢の足がスポンと抜けてオシャカになっちまいます」
「縁起の悪い例えにわしの名を使うでない」
「申し訳ございません。ここらでニ、三人振り落としてもよろしゅうございますか」
「これこれ、そんなことをしたら極楽へ昇った者と地獄へ落された者達の間で喧嘩になる。もう、無理だというなら二、三人と言わず、全員血の池に振り落としてしまいなさい」
「…………え?」
「何じゃ、その顔は?」
「あんた、本当に御釈迦様ですか」
「当たり前じゃ。カンダタ達には可哀想だがしかたない。じゃが、もう溺れることがないようになるべく浅瀬の所へ落してやりなさい」
助かったと思った蛸は神田八兄弟を血の池の浅瀬へ一気に振り落としてしまったのでございます。
「いてててて……」
「畜生、希望を持たせてから地獄へ逆戻りとは酷いことをしやがる」
「でも、兄貴、ここは浅瀬で足も着くし、さっきより随分楽ですぜ」
「それはそうだが、俺は極楽の御釈迦様に文句を言ってやる。おい、御釈迦、大きな蛸を使って俺たちを浅瀬に振り落とすとはどういうことだ!」
これをお聞きになった御釈迦様は、
「これが本当の“大タコ(負うた子)に教えられ浅瀬を知る”というやつです。ふぉっふぉっふぉっふぉ……」
極楽はもうお昼近くになっておりました。