久我、用意されてある椅子に蒼介を、
「瑞樹さん、どうぞ。」
蒼介、会釈をして。
「本来であれば、事故の加害者に被害者家族が会うと言う事は…。けれども瑞樹さんの場合は、瑞樹さん自身が検察事務官、そして奥様が元パラリーガルと言う事で…。事件当初から…。」
理沙の事故が起こったその日から、武蔵野区検察庁、及び、貫地谷法律事務所の方でも、
交通事故の一事案として蒼介と和奏に一任していた。及びバックアップとしても。
久我、
「それで…。我々もあれから…。そして、ようやく…。そして…。」
久我、蒼介の方を向いて頭を下げる。
「通常であれば、これほど時間の掛かる事案ではないと思ったんですが…。申し訳ない。」
蒼介、そんな久我に、
「いえいえ。いろんな事故、事件がありますから。」
右手を振って。そして蒼介、目の前の男女を見て…。
「こちらが…。」
いきなり目の前の男性、両手を太ももに。そしてがっしりと頭を下げて、
「この度は、誠に申し訳ありませんでした―――――っ!!!」
蒼介、
「あのぉ…。あなた…が、事故を…???」
その声に久我、腕組みをして、
「ふ~~ん。」
男性はとにかく頭を下げたままで…。
蒼介、
「久我さん…???」
久我、
「実は…。事故を起こしたのは、こちらの男性ではなく…。」
蒼介、視線を僅かにずらして、
「えっ…???」
「そちらの…、女性の方…。」
久我、僅かに右手を差し出して。
女性、なんとも焦点の合わない表情で…。ただ黙って…。
蒼介、
「この…女性…???」
久我、
「実は…、現在、鬱を患っていらっしゃる。」
いきなり蒼介の体が痺れたように…。
「うそ…。」
「事故を起こした数日後、このような症状になったと…。」
蒼介、目の前の女性を見て、口を尖らせて、そして、
「そんな…。」
目の前の女性の隣、男性は、何度も何度も頭を繰り返し上下して。
しかも、今度は座っている椅子を後ろに引いて、その場に土下座を。
瞬間、蒼介、
「あっ、待ってください。そんな…。」
久我、
「吉武さん。気持ちは分かるんだが、事故の当事者は、あんたじゃないんだ。奥さんなんだ。」
蒼介、
「久我さん…。」
「えぇ…。…実は…。」
蒼介に話し始める。
蒼介は久我を見て、そして目の前の女性を見て…。
女性の名前は吉武美波(よしたけみなみ)30歳。
そして隣の男性はその夫、吉武優也(よしたけゆうや)45歳。
美波の父親の誕生日と息子(5歳)の誕生日、そして夫の東京出張と言う事で上京。
九州は鹿児島在住との事。美波、誕生日の祝いには父親の友達も。
そしてその友達を自宅に送り返しに夫の車、ワゴン車を使用していたとの事。
その送りの帰りに、事故を起こしたのではないか…、との事。
なぜハッキリとはしないか…、と言えば…。その女性、事故の事は家族には何も告げずに、
普段のままに装い続けた。そしてその日の夕方には夫の運転で鹿児島に帰り、
その後、何故かパニックに陥ってしまったという。
しかもワゴン車の助手席に何かしらに衝突した痕跡があった事も、
鹿児島に帰って初めて夫は気付いた。妻に聞いても知らぬの一転ばり。
夫は車の衝突の痕に落ち着かなくなりすぐに板金塗装に。
車は数日で修理されて納車。
妻の方は、病院で診察してもらった結果が、「うつ病」原因は全く不明。
医師からは通院を勧められた。けれども妻の症状は日増しに酷くなってきていた。
久我は蒼介に話し続ける。
久我の目の前の男性は、始終頭を下げたままで…。
隣の妻は、そんな夫にも気にならない風に、焦点の合わない目のままでいる。
僅かにカラーリングしているのだろう、そして髪はロング、
形の整った奇麗な顔立ちをしている。
蒼介、男性に、
「すみません。…それじゃあ、こちらの…奥様。今、自分がなぜここにいるかというのも…???」
男性、その声に頭を上げて首を振る。
蒼介、
「あぁ~~。」
溜息を突いて腕組みを…。
久我、
「事故現場で見つかった車の塗装の欠片から車種を割り出し…。けれども、それも難航。なんせ、東京近辺で購入された車ではない訳ですから…。…で、結局は、車種の年式から、販売ルートから割り出して…。中々古いタイプのワゴン車で、既に製造してない車種と…。」
唇を絞って久我、
「まっ、時間は掛かりましたが、何とか…。虱潰しに…。北海道から九州まで。」
そこまで言って久我、
「…で、ようやく…、辿り着いたのが…。」
蒼介、
「鹿児島。」
「えぇ…。」
信じて…良かった。 vol.127. 「本来であれば、事故の加害者に…。」
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