理沙、玄関の引き戸を開けて、次のスロープに…。
「おかあさ~~ん。」
キッチンから和奏、
「あっ。ちょっと待って…。」
一樹、すぐさま、
「あ~~。瑞樹さん、私が…。」
一樹、すぐにリビングから。
和奏、
「あっ、すみませ~~ん。」
スロープを登ろうとしている理沙に一樹、
「ちょっと待ってろ。」
理沙、
「わっ。先生~~。」
一樹、車椅子のハンドルに手を、
「ほぃ。」
そして…。
理沙、
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
「後は私ひとりで大丈夫。」
「おっ。」
「ちょっと部屋行ってから、そっち行くね。」
一樹、また、
「おっ。」
そして、するすると自分の部屋に。
ドアを閉めて杏美の履歴にトン。
「はい、私~~。何…???この寒いのに、頑張ってんね~~。」
「当然でしょう。」
理沙、マフラーを首から解きながら、
「動かなかったら、練習なんないよ~~。まっ、それでも30分が限界だけど…。スポーツセンターは、週に1回。鴻上の部活では、ちょっとだけ動く程度だから…。体、鈍っちゃう~~。」
スマホはテーブルに。そしてスピーカーにして。車椅子の上で上半身の着替え。
「でね。」
杏美。
理沙、
「うぃっしょ。うん。」
「芙美のおかあさんが、ママ友と食事したんだって。そこに偶然、江梨子先生いたみたいなの。他にもウチの女性の先生、いたみたいなんだけど、芙美のおかあさんびっくりして。かかか。だって、すぐ隣のテーブル席だったって。」
瞬間、理沙、車椅子からベッドへトランスボードで移乗し切って、
「え~~~???」
そのままベッドに横に倒れて、
「わお。」
スピーカーから杏美、
「いきなり芙美のおかあさんの耳に…。…で、あんたは八倉先生が…好き。そうしたら、江梨子先生も、うんって。」
理沙、目を真ん丸にして、
「ひゃ~~。…んにゃろ~。入れ。」
杏美、
「あんた、何してんの…???」
すぐさま理沙、
「ずぼん、履いてる。」
「ふ~~ん、ずぼんね~~。えっ!!!あんた、ひとりでそれ…???」
すぐさま理沙、
「当たり前じゃん。上半身は動くんだもん。何とか、動いて出来るものは…。けど…、トイレは…ねぇ~~。」
すると杏美、
「えっ…???トイレはねって…???」
「ふん。自分では分かんないの。まっ、リハで訓練はしてるけど…。」
杏美、
「どういう事…???」
「つまりは~~。アズたちみたいに~~。トイレに行きたいって言うのがないの~~。」
その声に杏美、
「うそ…。」
「お~~い。私、下半身…不随。腰から下が、感覚ないの~~。」
「そ、それは…分かってるけど…。えっ…???うそ…。じゃあ、あの…、出てくるも…。」
「感覚、ありましぇ~~ん。」
「えっ…???じゃ、どうすんのよ~~???」
理沙、いきなり、
「アズ~~~。」
ぷ~たれた声で。
「それは…、それなりに…。まぁ…、漏らしちゃうことも…あるけど…。でも、今は、良いものが…、あるでしょ。オムツとか…。」
「えっ…!!!」
「何言ってる~~、今更~~。そんなの初めっから~~。」
杏美、一瞬、脳裏に浮かぶ、理沙の事故からの事。すると、自然に涙が出てきて、
「理沙~~~~。あ~~~~。」
理沙、
「はっ…???…て…???何…???なんで泣く~~。」
するとスピーカーから、
「あだし、いつまでも、あんだの友達だよ~~。」
途端に理沙、
「はぁ~~あ~~???」
つまりは理沙のトイレでの排泄の事である。
理沙の場合、脊椎損傷、下半身不随であり、尿意や便意はない、と言う事。
トイレに行きたいと言う感覚がないのである。
そのために理沙も病院では看護師から処置をしてもらい、
しかもリハビリではその訓練も行う。
しかも、そのために理沙の食事だけは和奏が毎日考えて料理している。
当然ではあるが、理沙も定期的にトイレを使用するか薬を使っているし、
出掛ける場合はその前に。
そして今は理沙、医師からの提案でもあり、自己導尿カテーテルも常に携帯している。
スピーカーから杏美の声。
「理沙~~。ごめん。」
「はっ…???」
「私、理沙の事、何~~にも、知らなかった。」
「えっ…???」
「つまりは…、トイレ…。」
その声に理沙、
「あ~~~。」
そして、
「まっ、仕方ないよ。私だって最初、戸惑ったもん。全然感覚なかったから。そしたら、看護婦さんから逆に教えてもらって。うそ…って…。それからだよ、看護婦さんから全部やってもらった。そういう意味じゃ、当然、食べるものも、みんなとは…違うし…。」
「そっか~~。」
「で…???でででで…???江梨子先生…。」
杏美、
「あっ。」
信じて…良かった。 vol.177. 「上半身は動くんだもん。何とか、動いて出来るものは…。」
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