時間の流れ
11月の韓国の朝は、想像していたよりも寒かった。
長い長い一晩を過ごした皆は、予定よりも寝過ごし、
何だか慌しい一日の始まりとなった。
韓国で少し買い物をして、また飛行機に乗り、
夕方には長崎へ到着したが
その頃にはもう、皆ぐったりと疲れていた。
自然と口数も少なくなり、宿へと向う足取りも心なしか重い。
冗談でじゃれ付いてくる、友達の相手すらも出来ない。
昨日はしゃぎすぎたせいだろう。
とはいえ、部屋に案内され、またその部屋が大部屋だったことで
皆のテンションは、夜になるにつれて上がっていった。
あたしも例外ではなく。
前の日のようにまた寝不足の夜を過ごし、
翌日、今度は長崎の教会をいくつか回り 市街を観光した。
そして流れるように時間は過ぎて、
滞りなくあたし達の修学旅行は終わった。
長く、短かい。
またひとつ、高校生活の行事が終わっていった。
初めは遠く感じても、過ぎてしまえば
なんてあっという間だったのだろうと、すこし寂しくもなる。
このままのスピードで、
いや、これよりも もっと速いスピードで
きっと時間は過ぎていく。
いま居るこの場所で、一瞬一瞬を大切に生きなくては。
だけど、あたしにはまだ
そう思えるほどの知識も、経験も持ち合わせていなかった。
ただ、その日一日が過ぎるのをボーっと眺めているだけだった。
修学旅行
学校行事やテストも一息つくと、待っているのは修学旅行。
あたしたちの学年は、4泊5日で韓国・長崎の旅だった。
初日に韓国へ行き、1泊してから、そのまま長崎へ飛ぶ。
学校創立以来、初めての海外修学旅行らしい。
「韓国が1泊ってのが納得いかない。1泊で何を学べと言うの?」
ロングホームルームの時間、グループで自由行動の内容を決めていた。
「おみやげにキムチ買ったら、持ち歩けないじゃん」
みんなブツブツ文句を言いながらも、どこか浮かれた空気が漂っている。
「焼肉食べたいよねー」
「向こうって色々安いよね。買い物したーい」
自由行動をするグループは、3~4人で組む。
あたしは、ナオと、クラスメイトのミィの3人組だ。
ミィは小さくて、すごくかわいい女の子だ。
日本人離れした目鼻立ちが、よりいっそう華やかさに磨きをかけている。
彼女とは、2年で同じクラスになってから仲良くなった。
マイペース且つ天真爛漫な性格のため
彼女の事を、好きになれない人も少なからず居た。
でも逆に、毒舌だけど 素直で裏表のない彼女のことが、あたしは好きだった。
出発当日。
大きなボストンバッグを抱え、あたしたちは空港に到着した。
「あたし飛行機初めてなんだけど!すごい興奮するー」
隣ではナオが、はしゃぎ喜んでいた。
ここから、2時間足らずで韓国だ。
現地に着くと、まずカトリック教会へと向った。
お祈りや見学などをしてから、街並みを見て回り、
南大門市場で暫しの自由行動。
その後夕飯を食べ、宿へと向った。
そこは、だいたい10人くらいが泊まれる大部屋だった。
オンドルの床に布団を敷きつめて、みんなで噂話や恋話をしながら
キャアキャアと盛り上がっていた。
女子高だというのに、彼氏率が高いのには驚かされた。
「え、なんなの?皆のこの彼氏いる率は?」
あたしは隣で寝そべるナオにボソボソと話しかけた。
「うちの高校けっこう合コンで人気あるんだよ。知らないの?」
「えーっそうなのーー?」
「実優はオカチンばっかり追いかけてるから・・・」
仕方ないんじゃない?と、ナオは言った。
仕方ないけど・・・でも。
あたしは、このままでいいのか?
こんなに皆楽しそうに恋愛をしているのに、
あたしは何だって前に進めないんだろう。
せっかくの高校生活、青春時代、
それを全部、報われない恋に注いでいくの?
・・・このまま?
「なんか空しくなってきたよ・・・」
ぼそりと呟くあたしに、
「もういいじゃん、岡田くんなんてさ」
ナオの向こう側に居たマイちゃんが、すかさず答えた。
「うーん・・・」
何度もそう思おうとしたのに、結局は諦められなかった。
ぐるぐる回って、またいつもの場所に戻ってくる。
そんな繰り返しだったから。
・・・あたしは・・・どうしたいんだっけ・・・?
心地よい温度が、じんわりと下から伝わってくる。
・・・あったかい。
――だんだん、皆の話し声が遠く小さくなっていった。
進路
夏休みに受けた、全国模試の結果はイマイチで
軽い気持ちで希望した大学も、「E」という、ありえない判定だった。
「心理学部~?なんでまたそんな難しそうなやつ選んだのよ」
進路調査の紙を覗き込みながら、マイちゃんが呆れ口調で言う。
「ちょっといいかなって・・・でも、あたしの偏差値では無理らしい・・・」
「話にならんね」
「はい・・・」
今まで、受験らしい受験もした事がなく
特に勉強に力を入れる事なくここまで来た。
こんな風でいいのか。
これからの人生、こんな苦労も知らずに生きていていいのか。
少しだけ、不安になる。
「マイちゃんはどこいくの?」
「あたしは短大行くよ。幼児教育の」
彼女は幼稚園の先生になりたいのだと言った。
クールなマイちゃんが、沢山の子供と戯れる姿は
なかなか想像しづらいものがある。
けれど、彼女はそうやって先の未来の事をもう決めていて、
それに向かって歩いているんだ。
あたしはまだ、やりたい事も見つからない。
進むべき道が、解らない。
「ナオちゃんは看護学校行くんだよね」
マイちゃんが隣に座るナオに話を振った。
「そうそう。でもこれからめっちゃ勉強しなくちゃいけないもん、マジでやばいよ」
「えっナオ、もう決めたの?」
「とりあえずね。今回のテストで数学とか上がったしさ」
ナオもマイちゃんも、自分と同じスタートだって思っていたけれど
確実にあたし、出遅れてる。
このまま、意味も無く 気力も無く、大学へ行ったって無意味だ。
「やりたい事」なんて、
きっとダラダラ4年間大学に通っても見つからない気がする。
なんだか落ち込んでしまう。
変に焦ったって、いい方向へ進むわけでもないのに。
「オカチンはどこ行くんだろうね」
ナオが言った何気ない言葉に、小さく心臓が飛び跳ねた。
「さぁ・・・大学だよね、きっと」
「西高は頭いいからねぇ・・・」ナオが頷きながら答え、
「同じ大学はまず無理だからね、実優」と、即答でマイちゃんが釘を刺した。
「そんなのわかってるよー・・・」
分かってる・・・。
だけど、知りたい。
彼はどんな夢を持っているんだろう。
どんな気持ちでいるんだろう。
いま、何をしているんだろう。
いつだって 彼の存在はあたしの頭の片隅にあって、
呼び起こすまでも無く、すぐに現れる。
会いたい。
会いたい。
だけど、会ったって何も出来ない。
でも会いたい。
・・・どうやったって、あたしは彼のことを 忘れることはできないんだ。