昨年の今頃、「地獄への道は善意で敷き詰められている、のか」というブログを書きました。http://ameblo.jp/mfb1991/entry-11912285984.html
今、国会前で私たち「から」国会を守ろうと警備する警官たち。彼らは内心何を考えているのでしょう? 本当は、戦争反対と思ってるのか。こんなことはやりたくないと思いながら、職務だから、仕事だから、やっているだけなのか・・・。
そうかもしれませんね。警官、一人一人は悪い人ではない・・・かもしれない・・・いや、むしろ、その通りでしょう。邪悪な警察官、邪悪な特高警察、邪悪な兵士、邪悪なナショナリスト・・・は、やはりそんな人は、いないのかもしれません。
ガチッと嵌められた制度の中で、それぞれが「職務・仕事・役割」をあてがわられ、その中で一所懸命、その場限りの善意で仕事に励むことで、世界を地獄に向かわせる。
「仕方ないじゃないか、それが仕事なんだから・・・」でいいのでしょうか。そんな一人一人がその場で頑張れば、頑張るほど、地獄へ突き進む、やり甲斐なき、悲しみの社会・・・それでいいのでしょうか?
そんな「甲斐なき悲しみ」の世界を終わらせ、多くの皆、私たち一人一人の日々の職務が、戦争や、放射能汚染や、搾取や富の偏在の拡大化に結びつかない=甲斐なき悲しみのない世界を目指したいと思うし、これが今の世界の99%の想いだと感じます。
警官だから私たちを排除する、兵士だから殺しあう、三菱重工の下請けだから武器の部品を作成する・・・これらは皆、仕事だから、職務だから、命令だから、それで食っているから、ということになり、このサイクルから抜け出すのはなかなか困難です。すべては、「法」の枠組みが準備され、さらに、より地獄への整備=戦争法案が用意されようとしています。
そもそもは、何なのか? なんのため、誰のための戦争か、誰のための原発か、そして、誰のための搾取=99%の非正規奴隷労働なのか。
それは、資本主義王国での極度にまで偏在した階級対立の王=1%の資本家のためであることは、皆、わかっています。
わかっている・・・わかっているけど、この日々のルーティンに仕組まれた資本の王の鎖(法制度)は・・・・それでも、これを断ち切らなければなりません。それは、一人ではできないけど、皆で力を合わせれれば必ずできる。
想像してみてください、広場の真ん中に一人の支配者が銃を持って立っている、周りには99人の人々が丸腰で集まっている、支配者は誰にでも銃を向けられる、しかし、99発の弾丸はない・・・どちらが勝つか・・・。
日々の善き人の善き行いが地獄への道を敷き詰めていくような甲斐なき悲しみの世界を放置してはいけない。今、多くの人がそう思い始めている。この「悲しみの世界」のあり方を叩き壊し、私たちの世界への道を新たに敷き詰めていきましょう。