御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 昨年暮れ、ゴーン氏の罪が「取引」され、話題となりました。

 

 2016年に日弁連も賛同して行われた一連の刑事司法改悪。その中の目玉の一つに「司法取引」や「免責制度」があります。

 「司法取引」・・・刑事司法と取引・・・本来、交わらないような概念が導入されました。

 

 2018年6月から導入された「司法取引」とは、自分の罪を不起訴や軽くしてもらうのと「引き換え」に他人の罪となるような協力を行う、という取引です。

 

 自分の罪を「商品」として国家権力(捜査機関)に罪の軽減という「代金」で買ってもらうという「取引」というところでしょうか。

 

 公共インフラである水道の民営化=商品化が、改めて話題になっていますが、考えようによっては、刑事司法の中に、「取引」概念を持ち込む「司法取引」というのも、「刑事司法の市場化」というか、「犯罪の商品化」ということになるのではないか、と改めて思います。

 

 「刑事司法」・・・それは、犯罪とされる事柄の処分を定める厳格な手続きであり、正義/不正義が本質的に問われると同時に、国家権力による拘束・監禁(懲役・禁錮)や殺人(死刑)などを行うに際する徹底的な不信を背景とした手続き的な正義を貫くためのプロセス・・・であるべき場面なのが原則的位置付け。

 

 他の国でも採用されている・・・というのが納得の理由になるとも思えませんが、この「取引」という極めて商業的な概念が日本の刑事司法に採用されました。いわゆる経済犯罪・組織犯罪等が対象で、殺人や性犯罪は対象とはなっていませんが・・。

 

 ネタ(他人の罪)があれば、自分の罪を買い取ることができる・・・画期的な仕組みです。会社組織の中で、気に食わないボスを追い落とすために自分も汚職の共犯となって協力した上で、ボスだけ罪に陥れて、自分の罪は免れる・・・なんていう半分捨て身の「商品開発」や「取引」も可能になるのでしょう。

 

もちろん国家権力(検察官)と思惑がある程度一致した場合には・・ですが。

 

検察官との取引か・・・罪を「交換価値」を持つ「使用価値」として・・つまり「商品」になぞらえ・・・「売買」するということ。

 

検察官=国家は、自分にとって使用価値があり搾取できるものしか「買わない」でしょう。

 

刑事司法という人を罰するという仕組みの中にも取引を通じて搾取が導入されようとしていることの意味は重要だと思います。

 

  

 

 

 

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