「枕営業」判決の射程範囲は? | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

ブログの説明を入力します。

 今、話題になっている東京地裁平成26年4月14日判決。クラブの顧客の妻が顧客と肉体関係を持ったクラブのママに損害賠償請求をしたところ棄却されたという事案についての判決です。

 判決の理由中に「クラブのママやホステスが、・・・当該顧客と性交渉をする『枕営業』と呼ばれる営業活動を行う者も少なからずいることは公知の事実である。」と認定したうえで、「そうすると、クラブのママないしホステスが、顧客と性交渉を反復・継続したとしても、それが『枕営業』であると認められる場合には、売春婦の場合と同様に、顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものでないから、そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても、当該妻に対する関係で、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。」という辺りにインパクトがあるのだと思います。

 ざっくり読むと、この判決は「いわゆる『枕営業』を仕事としている女性は、性的関係の妻から不法行為だと訴えられても大丈夫」ということなのだな、と理解され得ると思います。

 「公知の事実」とは、民事訴訟法179条で証明することを要しない顕著な事実の一類型とされているわけですから、この判決を下した裁判官は「枕営業」という営業活動は当たり前に存在するもので、そういう営業のあり方は証明するまでもない、ということをまず判断しているのでしょう。

 そのうえで、本件は妻からクラブママへの損害賠償請求であるところ「何ら婚姻共同生活の平和を害するものでないから、そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても、当該妻に対する関係で、不法行為を構成するものではない」というところに、踏み込みがあると思います。

 これは、新しい倫理観の提案か?やっと裁判所が「世の中の常識」に追いついたのか?仕事としての性交渉は「婚姻生活共同の平和」と関係ないのか?

 ・・・と理解するのは、早合点でしょう。この判決の、この部分が、いわゆる「判例」として今後の実務の先例としての意味を持つかはわかりませんし、少なくとも、その「射程範囲」については極めて狭い範囲と考えられます。

 一つは、「本件が妻からクラブママへの損害賠償の事案」であって、「不貞を理由とする夫への離婚ないし損害賠償請求」ではない。という点です。まあ、アメリカ等においては、「妻から夫と性的関係を持った女性への損害賠償請求」は認めないところも多く、その理由はいろいろなようですが「夫婦の問題は夫婦間で解決せよ」という価値観もあるようですが、その辺への影響もあるのでしょうか。

 いずれにせよ、この判決を持って「クラブのホステスに枕営業してもらっても離婚にならないんだ」ということにはならないでしょう。
 それにしても「『枕営業』であると認められる場合には、売春婦の場合と同様に、顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものでない。」という「判断」が「同種事案」でも維持されるか、同じように判断されるかは注目です。

 裁判所の判断と世間の倫理の整合・差異という問題も考えさせられますね。この分野(夫婦のあり方や性倫理)の「常識」は、時代と共にどんどん変化していきますから。