バンド的「団結」 | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 バンド、と言いますか、何人かのメンバーで担当楽器を決め、人前で演奏する、いわばステージを務めるという行為は、バンドのメンバー皆でやる共同作業なのですけど、いろいろポジション、役割があって、フロントに立つ、つまりステージの一番前面で、お客さんと向き合うということになると、他のメンバーは、横に居るのを感じたり、後ろに居る気配を感じたり、何より、出ている音でどうしているか判断するということになります。

 だんだん、慣れてくると、その気配・音からいろいろなこと、つまり、各人の思惑を含めて判断出来るし、そもそも振り返れば、目と目で確認も出来るのですが、振り返ることも出来ない場合もあります。その場合は、ともかくも、信頼し、音に身を委ねるというか、その「音場」的な空間に入り込むのです。

 そもそも、3人のメンバーが居たら、1+1+1分のバンドの音しか鳴らないような場合は、共同作業としてなりたっていません。時に、一つのバンドでも、そういう瞬間もあれば、1+1+1が、20くらいになる瞬間(もちろん、音量ではなくて)が構築出来ることもあり、多くの演奏者は、その瞬間を求めている、と言っても過言ではないのではないでしょうかね。もちろん、聴衆・リスナーも。

 そう思うと、演奏中、全てのメンバーを視認し、パーフェクトに相互管理する、というよりも、お互い、一定信頼して委ね合う、そういう時にこそ、+αみたいなものが生まれるのかもしれません。

 まあ、人間の社会一般でそうかなあ。ギチギチに決めごとでしばっても上手くいくことなんてないよなあ。ゆる~く信頼し合って、たとえば(ああここはこういう風に歌うのか、ふ~ん)と思ったりとか、まあ、意外性を楽しむ、みたいな信頼が、むしろ、バンド的「団結」かと。

 私は、長いことそういう分担と信頼という構成の中で慣れてきたので、バンド的団結が居心地いいです。いろいろな場面で、そういう信頼関係を構築し、それが拡がっていく、そういうのが理想だな、と思います。