森永博志さんの「仕事」が全般的に昔から好きでした。この『スネークマンショー(1983年刊 ちなみに核シェルターブック、と帯にあります)』、『シャングリラの伝説』、『地球の星屑』そして、『ドロップアウトのえらいひと』などなど・・。
ひょんなきっかけで、会うことが出来て、さらに、『ドロップアウトのえらいひと2』にもインタビューが掲載され、それは、本当に嬉しかったのですが、その初めてお会いしたときに、私が、素朴な疑問で「森永さんは、文章って誰に向かって、誰を想定して書いているんですか」と尋ねたところ、「自分に向かってだよ。自分が読んで面白いと思うように書いているんだよ」と森永さんが答えて下さいました。私は、とても感銘を受けました。
へえ~っ、そうかあ、こういう楽しそうな文章を書く人は、他者を想定してとかじゃなくて、自分に向かって、自分を満足させることのために書いているんだあ、と正直、びっくりしました。
思い返せば、たぶん、好きなこと、夢中になることは、そういう風に始めますよね? ギターを弾き始めたときは、誰に聞かせるわけでもなく自分に聞かせるために弾いていたわけだし、子どもの頃、絵を描いたりするのも、何か工作するのもそんな感じですよね。
そのうち、他者を意識するようになっていくわけで、それが、必ずしも悪いとだとは思わないけど、ピュアなまま、というか、子どもが遊ぶように文章を書いて、それが作品になるなんて♪・・・と感心した次第です。
最近は、私も、Blogなどは、そういう意識も持つようにしています。まず、自分が面白くないと始まらないな、と。まあ、自分にウケるというか、自分が強く感じたことを、自分が感じたポイント、角度で、そのまま出せれば最高だなあと思います。
それは、結構、恥ずかしいことだったり、妙に当たり前だったり、極めて個人的な想いだったり、自己完結してたり、しますが。
だけど、自分で面白いことが、皆にも面白がられたら・・・ある程度の共感を得られたら、やっぱり素敵なことだなあと思います。
