法律というのは、正しいか、正しくないかの基準ではありません。単に、国家権力が、ある場合を合法とし、ある場合を違法とする、つまり、「支配のための道具」です。
私が、このような確信を抱いたのは、司法試験の勉強で刑法各論を勉強していたときです。賭博罪です。それまで、とりわけ刑法総論などは、体系的に構築された美しい、哲学に支えられた「法体系」みたいなものがあるのでは、と思っていました。
しかし、賭博は、私たちが私人間でやったら違法で犯罪、国が胴元なら合法って・・・。
わかりやすいですよね、つまり、理屈や理論ではなくて、国の都合で、違法・合法なんてどうにでもなる、国の儲けなら、民間では「犯罪」にまで出来るっていうこと、それが法律の本質だということです。
ということがわかってきたので、法律なんて真面目に学問的に扱ってもなあ、と思うようになりました。つまり、決めたら法律ってことです。戦前の治安維持法にしても、今般の特定秘密保護法にしても、それから、裁判員制度にしても、法律を施行してしまえば、合法。
例えば、刑法というのは基本的に、何かを傷つける、侵害する行為を処罰することになっています。
では、大麻や覚せい剤は何故犯罪?誰の、何を傷つけるの? そう思いませんか?「社会法益」というものを侵害するそうです。大麻などは、煙草が売れないからじゃないの?と思ったりします。煙草や酒による「社会法益」は侵害されないんでしょうか。別に取り締まって欲しいわけではありませんが。
ということで、法律で決まったら正しいわけではなく、間違った法律もたくさんあるということです。自分の頭で考えて、間違った法律は廃止させていきましょう。法律を「みんなのルール」という納得出来る、最低限の「規範」にしたいものですね。
