身柄を取られている(つまり、逮捕され勾留が継続している)被疑者(起訴される前の方)や被告人(起訴=つまり裁判にかけられる人)の弁護人となることは、とても、きついことだと昔から思っています。
とりわけ、接見禁止(弁護人以外とは面会することができない)処分がついている場合には。
勾留されている間中、常に「会いにきて欲しい」というメッセージが念波で届いているような気がします。実際、以前、東京拘置所と横浜の警察署に2人の被告人が居て、両方から、電報が来るようなこともありました。
中に居るご本人にとっては、弁護人である私と会うことが唯一の外界の人との接触なので、待ち通しのは当然です。その気持ちがわかるが故に、こちらも何か拘束されているような気がし続けます。
気持ちがわかる、と言っても、監禁状態にある方の心理というのは、とても特殊で、その辛さは、並大抵ではないようです。皆、外で、その人なりの生活があったわけだし、無罪になるか、有罪かで、被告人の人生は、180度異なってくるわけで、その不安の中に異常な状態での生活が強いられるのです。
同室の他の収監者からは、まったく不正確な噂話を聞かされ、刑事・検事からは、弁護人の悪口を聞かされ、密室の中で、被疑者・被告人の心理は、どんどん追い詰められていきます。拘置所の中で看守の目を盗んで自殺未遂を図った方もいました。
刑事事件が裁判に鳴った場合、99.9%有罪です。もちろん、ほとんどは、争わない事件(有罪であることを前提に情状等を訴える事件)なので、そうだという部分がありますが、それにしても、それでも無罪を主張し実現する、というのは、被告人にとっても、ご家族にとっても、そして、弁護人にとっても、やはり心理的にも相当のタフネスが要求されます。
諦めないという精神が心底試されるのが刑事弁護だと思います。そして、これから、また、始まるのです。
