『ドア・イン・ザ・フロア』★★★
(2004年・アメリカ)
監督・脚本=トッド・ウィリアムス
原作=ジョン・アーヴィング
出演=キム・ベイシンガー、ジェフ・ブリッジス、
ジョン・フォスター、エル・ファニング
ジョン・アーヴィングの小説「未亡人の一年」が原作。
別居生活をする作家のもとに、バイトとして高校生のエディが
訪れる。事情はすぐに語られないが、何となく気まずい雰囲気
が夫婦間、家族の中に流れていることがわかる。作家志望の学
生は、現役作家の生活から何かを得ようと模索する。
エル・ファニングは、「アイ・アム・サム」などに出演してい
るダコタ・ファニングの妹。母親に甘える姿が無邪気で愛らし
い。それでも、写真を始終見ては何かを確認する姿には、どこ
か子供らしくない違和感が表されている。
ルーズな性格がよく現れている作家に、ジェフ・ブリッジスは
よく似合っている。芸術家ぽい気難しさと放縦さ、自由を求め
浮気を繰り返す。
作家の妻、キム・ベイシンガーは美しい。が、何かが欠けてい
る。たとえバイトの学生と時を過ごし、そのことで笑顔を僅か
に取り戻したとしても、自分を求めてくれる事の喜びを感じら
れたとしても、それがいつまでも続かないと知っている。永遠
に満たされるものではないとわかっている。失ったものは取り
戻せる訳はなく、それを埋められるものが見つからないままだ。
そのことが、虚ろな表情に眼差しに現れている。
なくしたものは、ドアの下に隠れているのか。どこに行けば、
何をすれば見つかるのか。それを模索する家族の姿だろうか。
答えは提示されないまま、映画は終わる。完璧な答えなどある
はずもない。失った者は永遠に戻らないし、過ぎた時間も還ら
ない。欠けた「自分」を探して旅を続けるしかないのは同じだ。
子供を失う母親の辛さはわからないが、愛する者を失う悲しみ
が、心の中にずっと傷として残る痛みはわかる。その喪失感を
抱きながら生きていくことの難しさも伝わってくる。喪失の物
語。
ただ、関係の破綻は、喪失した事によるのではない。おそらく
それは単なるきっかけにすぎなかったのだ。バランスを失った
だけ。それがわかった妻マリアンは、彼女なりの決断をするの
だろう。それぞれの再生の姿も見てみたい。そして再生を信じ
たい。
暗くなりすぎないのは、美しい景色のおかげもあるのか。髪に
かかる光と風の動きが穏やかで優しい。
(2004年・アメリカ)
監督・脚本=トッド・ウィリアムス
原作=ジョン・アーヴィング
出演=キム・ベイシンガー、ジェフ・ブリッジス、
ジョン・フォスター、エル・ファニング
ジョン・アーヴィングの小説「未亡人の一年」が原作。
別居生活をする作家のもとに、バイトとして高校生のエディが
訪れる。事情はすぐに語られないが、何となく気まずい雰囲気
が夫婦間、家族の中に流れていることがわかる。作家志望の学
生は、現役作家の生活から何かを得ようと模索する。
エル・ファニングは、「アイ・アム・サム」などに出演してい
るダコタ・ファニングの妹。母親に甘える姿が無邪気で愛らし
い。それでも、写真を始終見ては何かを確認する姿には、どこ
か子供らしくない違和感が表されている。
ルーズな性格がよく現れている作家に、ジェフ・ブリッジスは
よく似合っている。芸術家ぽい気難しさと放縦さ、自由を求め
浮気を繰り返す。
作家の妻、キム・ベイシンガーは美しい。が、何かが欠けてい
る。たとえバイトの学生と時を過ごし、そのことで笑顔を僅か
に取り戻したとしても、自分を求めてくれる事の喜びを感じら
れたとしても、それがいつまでも続かないと知っている。永遠
に満たされるものではないとわかっている。失ったものは取り
戻せる訳はなく、それを埋められるものが見つからないままだ。
そのことが、虚ろな表情に眼差しに現れている。
なくしたものは、ドアの下に隠れているのか。どこに行けば、
何をすれば見つかるのか。それを模索する家族の姿だろうか。
答えは提示されないまま、映画は終わる。完璧な答えなどある
はずもない。失った者は永遠に戻らないし、過ぎた時間も還ら
ない。欠けた「自分」を探して旅を続けるしかないのは同じだ。
子供を失う母親の辛さはわからないが、愛する者を失う悲しみ
が、心の中にずっと傷として残る痛みはわかる。その喪失感を
抱きながら生きていくことの難しさも伝わってくる。喪失の物
語。
ただ、関係の破綻は、喪失した事によるのではない。おそらく
それは単なるきっかけにすぎなかったのだ。バランスを失った
だけ。それがわかった妻マリアンは、彼女なりの決断をするの
だろう。それぞれの再生の姿も見てみたい。そして再生を信じ
たい。
暗くなりすぎないのは、美しい景色のおかげもあるのか。髪に
かかる光と風の動きが穏やかで優しい。









