久々やらかしてしまいました。

 

迎えに行くべき人を迎えに行かないで

デイサービスに戻ってきてしまいました。

家族からの電話で迎えに行ってないことが

発覚しました。

他の職員さんに迷惑をかけてしまいました。

 

うちのデイでは、迎えに行く人の名前が

あらかじめパソコンで打ってあります。

迎えに行くときは名前の書かれたその紙を

持っていきます。

 

当日朝までに休みの連絡が入ったり、

そのため、迎えに行く利用者さんが

変更になったりします。

だからパソコンで打った名前が

ボールペンで消されたり、

手書きで追加されたりしています。

 

その日、私が迎えに行く人は3名でしたが、

そのうち1名が急遽お休み。その代わり、

別の人が追加になっていました。

ですから3人迎えに行かなければ

いけなかったのに、1名忘れていました。

 

忘れていたのはパソコンで打った

名前の人でした。しかし、私は

追加になった手書きの人しか

目に入らず、見落としていたのです。

 

いくら名前とはいえ、手書きに宿る

エネルギーは相当なものだと思いました。

パソコンで打った名前は私に訴えかけるほどの

エネルギーを持っていないことが分かりました。

 

機会で書かれた文字は、その記号の意味を

伝えるものではあるけれど、それ以上でも

それ以下でもない。でも、手で書いた文字は、

その意味を伝える以上に

読み手に訴えかける何かを持っている、

と思いました。

 

考えてみれば、手紙でも手書きで書かれたものと

パソコンで打ったものでは、まったく印象が違います。

パソコンで打ったラブレターなんぞ、書いた人の

真剣さが違ってみえて当然です。

 

パソコンは手軽でいいけれども、

手書きの良さも認識していると

何かの役に立つな、と思った次第です。

 

 

 

迎えに行くの忘れて何言ってるの?

という感じですが(苦笑)

東京2020、オリンピックも

いよいよ最終日になりました。

この2週間、TVにかじりつきでした。

 

「コロナで素直に楽しめない」。

そういう人もいたかもしれませんが、

当然、私は素直に楽しめました(笑)

 

聖火ランナー辞退が相次いだり、

無観客開催だったり、

開会式の演出関係者解任だったり、

 

「オリンピックは本当に開催できるのだろうか」、

と、開幕前まで全然盛り上がらなかったのですが、

本当に楽しませてもらいました。

 

さて、招致の時に話題となった

「お・も・て・な・し」でしたが、

日本人ならでは、の「おもてなし」は

この大会を通じて出来たでしょうか。

 

 

 

 

五輪ボランティアの記事を貼り付けます。

 

 

思い返せば、コロナ蔓延や税金の無駄遣いや

IOC役員の待遇や政権の人気集めなどと批判されて

オリンピック反対運動が開幕前まで

繰り広げられていましたね。

 

選手に出場ボイコットを勧める、という

とんでもないニュースもありました。

 

さきほど、

「オリンピックは本当に開催されるのか」、

という空気だったと書きましたが、

ボランティアに応募した人たちもまた、

同じような気持ちを思っていたと思います。

 

辞退した人も相当数あったとも想像します。

 

日本のこの暑い夏の時期に、

自分の大切な時間を使って

多くの人が反対するオリンピックの

ボランティアを買って出るなんて。

 

そのボランティアの人たちのおかげで

日本人ならでは、の「おもてなし」を体現でき、

外国人選手や海外メディアから称賛される、

というニュースに触れると誇りに思えます。

 

いっぽうで、選手たちの行動に制限が

加えられたり、無観客開催だったり、

コロナ禍でなければ、もっとおもてなし出来た

のだろうに、と思うと、本当に残念です。

 

今回も政争の具にされたオリンピックでしたが、

そういうのとは無縁の「おもてなし」精神は

日々の生活の中でも、ふだんから

意識していなければいけないよな、

そう思いました。

この週末になって、一気に

オリンピック一色になってきましたね。

コロナ騒ぎもひと段落ですか?

鳥取県の高校野球の話題も

一瞬で消費されてしまいました。

 

しかし、SNSがあって良かった。

そう思わせる話題でした。

主将の悲痛なtweetを初めてみたとき、

いてもたってもいられず、

微力ながら拡散に協力しました。

 

結果、Happyな結末だったんですけど、

私たち一人ひとりが自分事として考えておきたい。

一夜にして不戦敗が取り消されたことについて。

 

 

 

<学校の生徒や教職員等の中から新型コロナ感染症の患者が発生したときは、その学校は臨時休校となることから、その間は選手および教職員は大会参加できない。ただし、保健所が実施する疫学調査を踏まえ、専門家と協議した結果、参加できる場合もある>(ネットより引用)

 

 

 

県高野連の新型コロナ感染防止対策要領の一文だそうだ。

これに抵触して、辞退せざるを得なかったらしい。

 

臨時休校が明けたから試合できた、としてるけど、

新型コロナってそこまでしなといけない感染症なのか?

私はそのあたりがみなさんと意見が合わないですが(苦笑)。

 

 

 

ちなみにここ1週間のコロナ死者は全国で

4人,8人,8人,6人,20人,20人,12人です。

インフルエンザより確実に少ないです。

 

変異株で感染者急増はたしかですけど、

ウィルスは「感染拡大しやすさ=弱毒株」です。

 

 

 

高野連のこの規則も、この大会で感染者を増やしたら

いけない、そうなったら何言われるか分からない、

という「事なかれ主義」で決められたとしか思えない。

 

主将のtweetがきっかけで全国から声が上がって

なんとかしないと何言われるか分からない、

という気持ちが働いて決定が覆ったとしか思えない。


みんな「炎上」を異常に怖がっている。

それで世の中が動いている、と思うのです。

 

そして、これは高野連だけの問題でもない。

 

この決まりを承諾した参加校の人たちも

反対できない空気が今の日本にはある。

 

オリンピックも「反対」、無観客を「賛成」と

言っているほうが自分を安全な位置における。

 

50数年も前の東京オリンピックが

日本に希望を与え、子供に夢を見させた。

今回のオリンピックもそうありたい。

 

政治や商売の道具として使われている、

という批判もあって、そういうことも確かに

あるのかもしれないけど、

その舞台を夢見て精進してきた選手や

それを見て目標にする子供たちのことも

ちょっとは考えていきたい。

 

だから、今回、不戦敗の判断が覆って

高校生の夢が閉ざされなかったことは

本当に良かったと思うのです。

 

「炎上」に立ち向かうエネルギーは

当事者になれば大変さが分かるでしょう。

しかし、若者や子供の夢や未来を思うと、

自分たち大人もそれに抗わなければいけない。

 

日本中の至るところで

コロナのバカ騒ぎで、子供たちの夢や希望

思い出などを、今も台無しにしていないか?

 

そういう視点で、新型コロナの現実と

向き合っていきたいと思います。

 

 

 

この記事のタイトルで「私たち」としたのは

炎上が怖いからなんですけどね(笑)