(前回「「認知が進んだ」は間違い」はこちら)
それは、私が今のデイサービスに勤め始めて
排泄介助を任されたときのことでした。
その日は人が足らなくて、未熟な私も
一人役をこなさなければいけませんでした。
午後の活動が終わって、おやつの時間までに
排泄介助をすることになっていました。
4か所あるトイレに次々と利用者さんがやってきます。
ある人のパットが汚れていて替えないといけないのに、
預かっている替えのパットの置き場所が分からなくなって、
職員に尋ねようとしても近くにいないし、
棚を上から下へ全部確認していると
その人のパットはカバンの中にある、と言われ、
カバンのある場所に行ったは良いが、
どのカバンがその人のカバンなのかも分からず、
また聞いて、そうこうしている間に、
その人がパットをつけてないまま出てきて
またトイレへ戻ってもらって、パットをつけている間に
別のトイレに入っていた足の悪い人がフラフラと
歩いて出てきて、そばに付き添わなければならず……。
といったことがありました(ちょっとオーバーですが(汗))。
まさに次から次にやってくる状況に対して、
きちんと適切な行動をおこさないといけない
状況に置かれた体験でした。
この頃はまだ、利用者さん一人ひとりの
排泄介助の程度をどの程度すればよいか
把握しきれていない頃でした。
替えのパットの置き場所も、誰が
どのカバンなのか、替えの衣類は
預かっているのか、持参しているのか、
いざ、自分ひとりでやっていると
分からないことだらけでした。
排泄だけではありません。
入浴場面でも、歩行場面でも
リハビリの場面でも、食事の場面でも
利用者の状況が分からないことで
仕事のすべてが滞ってしまいました。
物の置き場所や業務のスケジュール、
他の職員の役割や動きも知っておくことが
自分が適切に行動をするために必要なことです。
それらの記憶が保持されて、
その都度、思い出して行動に移すのです。
自分の体験だけでは認知症の人の経験と
違うかもしれないので、本から抜粋します。
「お会計は355円です」と言われて、
財布を取り出そうとした瞬間に、
いくらだったのか忘れてしまうこと。
533円と勘違いしてしまうこともしばしば。
この前は、財布からお金を取り出す途中、
「ポイントカードをお持ちですか?」という
店員さんの一言に気を取られ、金額が
頭から飛んでいってしまいました。
「もう急がなきゃ!」と思えば思うほど
思考は空回りして、いったい今、何を
すればいいのか分からなくなってしまいます。
(『認知症世界の歩き方』筧裕介著・ライツ社)
デイサービスに勤め始めて
息が抜けると思った時間は
送迎時間でした。
車を運転している時間に
記憶が必要な場面は
利用者さんの家と、家までの道のり。
必要な認知の量が少なくて済むのです。
運転と言えば、熟練すれば、運転操作は
考えなくても自然にできてしまいます。
しかし、運転を始めた自動車学校の頃は
車の操作や安全確認の一つ一つ、
思い起こさなければいけませんよね。
そして、とても疲れます。
認知症の人の大変さって、
そういうことかもしれないな、
と思いますがどうでしょうか。
(つづく)