背理法で証明できることはすべて背理法を使わないで証明できる。 | メタメタの日

「背理法で証明できることはすべて背理法を使わないで証明できる。しかももっと簡単にできる」と主張している大学の先生がいて、しかも、今年の入学試験ではその先生のいる数学科では、「背理法を用いてはならない」という制限を付けたという。(東京理科大理学部数学科・安部直人教授)

http://www.ma.kagu.tus.ac.jp/~abe/sub11.html
 びっくりして、一瞬トンデモ系かと思ったが、わが身の不明を深く恥じた。

 背理法といえば、√2であり、無理数である。 ところが、次のような直接証明があるという。
 「自然数 a,b につき、aa
2bb
の素因数の個数は偶数と奇数 で異なるから aa2bb、よって √2a/b。」
 http://www.ma.kagu.tus.ac.jp/~abe/index.html 
 
 私が数学大好き少年だった昔、ピタゴラスの定理と無理数と背理法は、三題話だった(と思っていた)。
1980年代に塾で教えるようになったとき、教科書では、背理法という言葉を使わず、平方根を次のように教えているのを知った。(左側が著作者小平邦彦ほか28名の東京書籍85年発行、右側が啓林館89年発行の中3の教科書)

  
 いったいこれは、背理法なのか、背理法もどきなのか、お茶を濁した説明なのか、狐につままれたような気がしたまま、それ以上きちんと考えなかった。(現行の中3教科書では、背理法という言葉も使って背理法で証明している。ただし、発展学習として。) 

  思うに私は、√2が有理数でないことは背理法を使わないと証明できないと思っていたか、直接証明できないこともないのだろうが、極めて難解なのだろうと思っていたのだった。
 背理法を知ることは、ちょっと大人になった気になるが、背理法の使い方には注意が必要であることは、もっと大人になってから気づいたことだった。
 たとえば、ある事柄が存在しないことを証明するために、それが存在すると仮定して矛盾を導くのはよいが、存在することを証明するために、存在しないと仮定しても、存在しないものについてはそれ以上何も言えないし、ある命題が偽であることを証明するために、その命題が真であると仮定するのはよいが、ある命題が真であることを証明するために、その命題が偽であると仮定しても、偽の命題からは真も偽も出てくることは偽と仮定したときから自明であるはずだし、否定命題を仮定して元の命題の真偽をいうことを認めない立場もあるようだ。