「かけ算を究める」(筑波大附属小)について・1 | メタメタの日

筑波大附属小学校算数研究部が企画・編集した『算数授業論究Ⅱ かけ算を究める』(201231日発行,東洋館出版社)が出た。



「かけ算指導のバイブルのような存在になることを願っている」と冒頭提起文(3頁)にあるが,残念ながら,その願いは実現しなかった。

ネットで数年間,学校関係者でない「シロート」が中心となって行われている「かけ算の順序」をめぐる議論を根っこでは意識した文章(「意識」であって,真正面から取り上げていない)もいくつかあったが,「プロ」の算数教師や数学教育学者の論考が「シロート」の議論を凌駕したとは言えない,と「ノンプロ」の私は思う。



以下,何回か可能な限りコメントしていくつもりです。



●盛山隆雄「巻頭言・提起文」23ページ



かけ算の順序についての問題が,最近再び話題になっている。かける数とかけられる数の順序についての本が出版されたり,ネット上のツイッターでかけ算の順序について論争が巻き起こったりしている。かつて,裁判にまでなったかけ算の順序についての問題は,やはり見過ごすわけにはいかない。この問題についても特集の中で論じていただいている。」



このように,ネットでの議論や拙著を意識してくれている。しかし,「裁判」はおかしい。順序問題が裁判になったなどという話は,この数年間の議論で聞いたことがないし,印刷物でも見たことがない。

世の中にはいろいろな人がいるから(ということはちょっとネットを見てもわかる),かけ算の式の順序をめぐる「学術上・教育上の議論」の正誤を,数学や教育に「シロート」の裁判官の判断にゆだねようと考えた人がいたのか,そう考えた人がいたとしても,弁護士に相談したら,そういうことは司法審査の対象にならないと教えてくれるずだし,仮に弁護士無しで自分で訴状を書いて裁判所に持っていったのだとしても,門前払いにされたはずである。
 いったいどういう裁判があったというのだろう?
 こんなおかしなことを,この本の「編集担当」者が本全体の「提起文」に掲げているということで,この本が「かけ算指導のバイブルのような存在」にならないことが運命づけられていたとしか言えない。


盛山隆雄「かけ算九九の活用教材の開発」6061ページ



 けれど,同じ盛山さんのこの文章は面白かった。

 黄色の正6角形の,赤色の台形,青色のひし形,緑色の正三角形のパターンブロックを使って,6×3×354 などという数が3つ並ぶかけ算(結合法則)を教えることが書いてある。

 今はこういう教材教具があるんだと,ワクワクしてくる。昔,塾で算数を教えていたとき,東急ハンズの店内を,何か授業で使えるものはないかと,うろうろ物色したことを思い出した。すかいらーく(だったか)で請求書を入れる,斜めに切ったアクリルの円柱をもらえないかと店長に頼んで断られたこともあった。ああ,ミツカン酢のビンの首に巻いてある円すい台形の紙を展開図に使いたいと,ミツカン酢に電話したら何十枚も送ってくれたことも思い出した。

 算数は,紙と鉛筆で書く前に,こういうモノを使って「思考」錯誤することが絶対必要だと思う。



●高橋昭彦「海外のかけ算の指導」5455ページ



「アメリカで多く見られるかけ算の指導」として,
「例えば,私が黒板に自転車が3台並んでいる絵を描いて,タイヤの数を求める式は,2×3か,それとも3×2か,と問うと,教員養成課程の学生ばかりでなく,現場で算数を教えている先生も,ほとんどが,どちらでもかまわないと言う。その理由は,「どちらでも答えは6だから」というのである。驚くなかれ,大学で数学教育を教えている人の中にもこのような人は少なくないのである。」  

著者は,ディポール大学教育学部の先生。この口ぶりからすると,式はどちらかのみが正しいということになるようだが,どちらが正しいというのだろうか。
 アメリカでは,(いくつ分)×(ひとつ分)が「一般的」だから,3×2が正しいと,著者は教えているのだろうか。そして,著者が日本の教壇に立つ時は,2×3が正しいと教えるのだろうか。郷に入ったら郷に従え,あるいは,算数ではなく英語と日本語の問題だというのだろうか。では,日本のアメリカンスクールでこの問題が出されたら,正解はどちらなのだろうか。あるいは,英語圏の日本人学校では正解はどちらになるというのだろうか?



●夏坂哲志「九九表の魅力」3839ページ

「「ふたのない箱」で考える効果」6465ページ




 九九表からいろいろなきまりを見つけることは,以前「算数授業研究」のバックナンバーを見た時にも,こんなきまりがあったのかと驚いたが,この論考では,さらに進んだ発見がなされている。(黒木玄さんも評価されている。)
「ふたのない箱」の立方体の展開図の方は,私も昔,塾で小学生に,立方体の展開図が何種類あるかというプリントをつくったことがあるが,それよりはるかにずっと教育的に進んだ内容が分かりやすく展開されている。なるほど,立方体の6つの面ではなく,「ふたのない」5つの面で(先ず)やるのか。脱帽である。