「かけ算を究める」(筑波大附属小)について・2 | メタメタの日

筑波大附属小学校算数研究部・企画編集『かけ算を究める』

●磯田正美「かけ算の歴史に学ぶ」811ページ

●坪田耕三「かけ算九九の歴史」3435ページ


「被乗数」と「乗数」の用語の使い方がおかしい論考がある。


「かけ算の歴史に学ぶ」を書かれた磯田正美(筑波大学教育開発国際協力研究センター)さんは,10ページで,「日本の九九表は3×13×23×3と頭の数(被乗数)をそろえる。中国では,歴史上,乗数(後ろの数)をそろえる。」と書かれている。

 しかし,日本でも江戸時代が始まるまでは中国の九九表を使用していた。江戸時代の『塵劫記』から西洋と同じ九九表「も」使うようになった。(詳細は『かけ算には順序があるのか』第2章参照)

 それはさておき,これでは,被乗数は「×の前(左)にある数」,乗数は「×の後(右)にある数」ということになってしまう。確かに,広辞苑もそのように,式の中の「位置」で説明「も」している。しかし,本来,被乗数・乗数は,同数の物が複数個あって,同数を累加して総数を求めるとき,同数(1つ分)の方を被乗数,累加する回数(いくつ分)の方を乗数と呼ぶという,「意味」の違いがあったはずである。

 つまり,同書34ページで,坪田耕三(筑波大学教授)さんが,「「八九,七十二」というのは,「八個ありますよ,九個の物が」という意味であり」と書いているような意味の違いがあった。「八九」では,八がいくつ分,九が1つ分である。

ところが,その坪田さんが,九九は,「「九九,八十一」の次は「八九,七十二」「七九,六十三」と続くもので,乗数がそろっている」と書く。同数個の「九個」の方を「乗数」としている。「被乗数・乗数」の本来の意味を無視した使い分けで,これでは読む方が混乱する。

先の磯田さんの方は,本人が混乱しているように見える。

「英語圏,スペイン語圏では,九九表は日本のように被乗数をそろえる九九表を用いる。」と書かれる。ここでの「被乗数」は,×の前(左)にある数のことで,確かに,英語圏,スペイン語圏の九九表は,前数がそろっている。しかし,その前数の意味の理解は,英語では,「1つ分」(被乗数)から「いくつ分」(乗数)へと変化した(23世紀をかけて,主流の理解が)。

磯田さんは,そういう歴史的経過を顧慮せず,現在の言い方(times)だけから,インドヨーロッパ語族,英語圏,スペイン語圏で矛盾が出現していると書く。つまり,4×3を“four times three”と読む言葉の言い方(定義)では,1つ分は後数(これを「乗数」と呼んでいる)だから,後数(乗数)をそろえた九九表でないとおかしいのに,なぜ九九表は前数(「被乗数」)でそろえているのか,その理由は,「ヨーロッパが数学を輸入したアラビアでは,文書は右から左に横書きする。アラビア数字で右から左に書いた文書をヨーロッパ人は翻訳の際に左から右に読んだというのである」と書く。これは,本人がすぐ,「その真偽は不明だが」とフォロウしているが,噴飯物である。

「アラビア数字で右から左に書いた文書」というのは,アラビア数字と「×」を使って書いたかけ算の式のことを指しているのだろうか。文脈上はそのようにしか読めないが,ヨーロッパがアラビアからアラビア数字と数学を輸入したのは,13世紀初めのピサのレオナルドことフィボナッチを嚆矢とし,この段階では「×」記号は存在せず,したがって,かけ算を記号式で表すことはなかった。だから,存在しない式をヨーロッパ人が左から右に読んだということはありえようはずがない。

かけ算の式表現は,1631年のイギリスのWilliam Oughtred の本に始まることは,以前も触れた。http://ameblo.jp/metameta7/entry-10792484726.html

磯田さんの混乱(としか思えないのだが)の方は,さらに進行していて,「現在,定義と九九表が矛盾するため,その対処に迫られる国は多い。特に交換法則を優先する国では,式と言葉が対応しなくてもよくなり,結果として等分除・包含除の区別を式の上でする必要を認めない教師,子どもが生まれる。」(11ページ)と書く。

一瞬,何のことかわからなかった。かけ算の話になんで急にわり算の話が出てくるのか。それに,「等分除・包含除の区別を式の上でする」ことが可能なのか? 12個のみかんを3人に分けると1人何個ずつ(等分除)と,12個のみかんを1人に3個ずつあげると何人に分けられる(包含除)の区別を式の上ですることができる? どっちも,12÷3ではないのか。「1つ分×いくつ分」の式と「いくつ分×1つ分」の式の区別と,等分除・包含除の区別がゴッチャになったのではないだろうか。

しかし,混乱はここで終わらない。

「現在,各社教科書が採用する二数直線(比例数直線)を数学の世界で最初に採用したのは,デカルトである。」とある。しかし,現在,各社教科書が採用する二重数直線図は,2本の平行な数直線を並べたものであり,この始まりは,「新しい算数研究」19797月号に掲載された中島健三さんの「小数のかけ算(導入)(5年)」の公開授業研究で使われた「テープ図」ではないのか。デカルトの相似三角形の比例数直線は平行ではないし,これを現在,教科書にある二重数直線の元祖と言うのは,ちょっとケレンが過ぎないか。