「かけ算の順序」というのは,けっきょく,「かけ算の式の順序」ということになるが,「3×5」という式を書くことは,1631年のイギリスのオートレッドの本に始まるようだ.(片野善一郎『数学用語と記号ものがたり』裳華房,2003年,19頁)
かけ算の順序という問題は,かけ算を式で書くようになってから生じた問題ではないのだろうか.
『カジョリ初等数学史』(小倉金之助補訳復刻版,共立出版,1997年)150頁によると,代数を,(1)言葉代数,(2)略語代数,(3)記号代数の3種類に分けている.算術・代数の歴史は,こういう段階を経て発展してきた.日本でも,(1)の段階が長く,江戸時代に関孝和らによって,(3)の日本独特の記号代数・点竄術が生み出されたが,明治時代以降は,洋算の記号代数に移行した.
現在の記号代数で,数のかけ算の順序を問題にしているのは,小学校教育だけであって,中学校以上の教育では,数のかけ算の順序を問題にせず,小学校教育で順序を問題にしていることを問題にしている(あるいは,小学校でそんなことが問題になっていることを知らず,知って吃驚)というのが,現在の構図ではなかろうか.
言葉代数でも,かけ算の順序が問題になるのだろうか.
たとえば,「5人に3個ずつみかんを配るとき,みかんは全部で何個いるか」という問題の解き方を言葉代数で言うとすると,次のどれが正しいのだろうか.
(ア)5に3をかける
(イ)5を3にかける
(ウ)5と3をかける
歴史的にみると,江戸時代には,被乗数・乗数という概念がなかったから,(ア)(イ)(ウ)のどの言い方も正しかったようだ.ただし,九九は半九九だったから,「三五十五」という九九しかなかったし,ソロバンに置くときは,右に置くのが「実」,左に置くのが「法」という区別はあったが,被乗数が「実」で右,乗数が「法」で左,という区別でもなかったようだ.
では,現代の言葉代数ではどうなるのか.
つまり,「5人に3個ずつみかんを配るとき,みかんは全部で何個いるか」という問題で,記号代数のかけ算の式を書く前に,かけ算のことばを言うとしたら,(ア)(イ)(ウ)のどの言い方が正しいのか.
あるいは,逆に問うとしたら,
「6×4=24」の式を,ことばで言うとしたら,次のどれが正しいのか.
(エ)6に4をかけて24
(オ)6を4にかけて24
(カ)6と4をかけて24
教科書では,「6×4=24」の式は,「6かける4は24」と読ませて,(エ)(オ)(カ)のどの言い方も避けている.
しかし,「6×4」の式で,6を「かけられる数」,4を「かける数」とも教えている.すると,教科書の考えでは,「6×4=24」は,(エ)「6に4をかけて24」が正解ということになるのだろうか.
そして,教科書の考えでは,「5人に3個ずつみかんを配るとき,みかんは全部で何個いるか」という問題の「正しい式」は,「3×5」だから,(イ´)「3に5をかける」,つまり,
(イ)「5を3にかける」が正解ということになるのだろうか.
しかし,「5人に3個ずつみかんを配る」を「かけ算のことば」にするとき,「5人に3個を配る」→「5に3を配る」→(ア)「5に3をかける」とするのも「自然な」考え方に思える.