量のかけ算でも交換法則は成り立つのか(3の2) | メタメタの日

 かけ算の式には「1あたり量×いくら分」という正しい順序がある、という主張を否定する論拠は3つあります。

(1)かけ算の意味は、「1あたり量」と「いくら分」の積だけではない。

(2)かけ算の意味が、「1あたり量」と「いくら分」の積であるときも、「いくら分×1あたり量」という順で書いても良い。2つの式が表わす意味はまったく変わらない。

(3)かけ算の意味が、「1あたり量」と「いくら分」の積であるとしても、どちらの数値を「1あたり量」とすることが可能である。



 以上の3つが論拠ですが、その前に、「1あたり量」と「いくら分」という話は、量の世界の話であって、数の世界の話ではない、という確認が必要でしょう。数の世界の交換法則を持ち出しても、「順序派」は、それは数の計算をするときの話で、式を立てるときには順序がある、と答えるでしょう。教育出版の『教師用指導書』にあるように、「交換法則は、3×4545×3として計算する工夫などにも用いられる性質」というわけです。



(1)の「かけ算の意味」については、数教協関係だけでも、銀林浩『数の科学』によれば、「1あたり量×土台量」(これが、1あたり量×いくら分)、「直積型」、「倍(倍写像型)」の3つ、森毅『数の現象学』によれば、「倍操作型」、「複比例型」、「正比例型」(これが、1あたり量×いくら分)の3つ、数教協内共通認識としては、「内包量×外延量」(これが、1あたり量×いくら分)、「外延量×外延量」、「倍の乗法」の3つがあるでしょう。



(2)は、「1あたり量×いくら分」=「いくら分×1あたり量」ということであり、98番で菊池さんもコメントされていますが、これが「量のかけ算の交換法則」だと私も思っています。ところが、mixi算数「かけ算の順序」を考える」コミュで、これを「同一律」と呼ぶ人がいます。「1あたり量aのいくら分b」と「いくら分bの1あたり量a」は、同一のことではないか、という主張ですが、同一の事態を順序を逆にして記述できること、記述の順序を逆にしても同一の事態であること、が交換法則だと思っています。ひき算では、記述の順序を逆にすると異なる事態となり、答えが違ってくるわけですから。



(3)については、遠山啓は、けっきょくこのことしか言っていなかったという疑惑があります。(黒木玄さんがご指摘されていますが) そして、ここから数教協の現在の主張が生み出されたのかもしれません。

 遠山は、1972年の新聞報道の記事に対して、6×4でも4×6でもどっちでもいいと言っていますが、そのココロは、数値に単位を付けて記述するなら、

  4個/人×6人=6個/回×4回 

と、トランプ配りを考えれば、1あたり量をどちらの数値にすることもできる、ということでした。「1あたり量×いくら分」という順序はゆるがせない、と思っていたのかもしれません。量のかけ算についても交換法則を認めていたかどうかは不明です。

 数教協は、かけ算の交換法則をそれほど重要視していないようです。水道方式が一大ブームを巻き起こすのは、1962年に『算数に強くなる』(毎日新聞社編)が年間ベストセラー第5位になってからなのですが、http://www.1book.co.jp/001341.html この本の中で、記者の取材に対し、遠山は、交換法則はそんなに早くに教える必要はない、交換法則よりは、「1あたり」とか「いくつ分」という量の考え方を教えることの方が重要だ、と言っています。(本が手元にないので、発言者が遠山だったのか、発言内容がこのとおりだったのかは、やや自信がありませんが。)

 数教協が、かけ算の交換法則をどう教えているのかが気になって調べたことがあるのですが、なかなか見つからず、ようやく、『わかる さんすうの教え方』(遠山啓/銀林浩編,むぎ書房,19781982改訂版)に交換法則の説明があることを見つけました。226頁に,「数の世界だけで考えると,かける数(乗数)とかけられる数(被乗数)を交換しても,かけ算の答はかわらない,ということ(交換法則)を理解させます。」とあります。

 交換法則は、「数の世界だけで考える」と成り立つ法則で、量の世界を考えると成り立たない、という主張のようです。

 その説明は、34行に並んだ女の子たちが,横に4人ずつ手をつないでいる図と,縦に3人ずつ手をつないでいる図を対比させて視覚に訴えています。(このタイプの図は、現在の教科書にも出てきます。交換法則が目で見て直観的に納得できます。)

 この図の意味も、 4人/列×6列=6人/行×4行

という式になるわけで、「1あたり量×いくら分」という順序を守っています。ただ、各項の「単位」(助数詞ですが)は違っています。各項の単位を変えれば、「1あたり量×いくら分」という順序を固定したまま数値を入れ替えることができるわけです。。(「1あたり量×いくら分」という順序を交換できない、という意味で、交換法則は、量の世界では成り立たない、と数教協は、70年代から言っていたのかもしれません。)

ところが、いつのまにか「1あたり量×いくら分」の順序を固定することは、各項の単位も固定するということだ、と逸脱する人が出てきたようです。

 3匹のウサギの耳はいくつか、という問題に、「3×2」と式を書いた子どもに、教師が「ウサギの耳は3つなの」と嫌がらせ的な反問をするのを、ネットで本人が書いているのを見たことがあります。

   2個/匹×3匹≠3個/匹×2匹

と、「3×2」の式の意味を、3個/匹×2匹 という単位で解釈し、2個/匹×3匹という正しい式とは等しくない、として式に×を付けるわけです。