過不足算・差集め算の解法の数理的薀蓄 | メタメタの日

【結論的主張】

過不足算・差集め算の解法を類型化すると、(1)方程式、(2)特殊算、(3)面積図と、大きく3分類できる。

線分図は、(1)と(2)の中間型であり、『改算記』にある「情景図」は、(2)と(3)の中間型であると考える。


【説明】

さて、江戸時代の『改算記』(1659年)にある「過不足算」の問題は次のような問題です。

問1「ぬのぬす人

ぬす人布をわくるをきけば人ことに八たんつゝわくれば四たんあまる 又七たんつゝとれば三たんたらぬといふ此ぬす人ぬの数何程と問」

 布盗人。盗人が布を分けるのを聞いていると、一人毎に8端(反)ずつ分けると4端余る。また9端ずつ取ると3端足らないという。この盗人と布の数は何ほどかと問う。


中国の後漢時代の『九章算術』にある「差集め算」の問題は次のような問題です。(『中国の科学 世界の名著 続1』中央公論社、143ページ)

問2「いま、共同して羊を買った。各人が五銭ずつ出せば、四十五銭不足し、各人が七銭ずつ出せば、三銭不足する。人数と羊の価とは、それぞれいくらか」


 過不足算と差集め算というのは、総量を、ある単位あたり量ずつ配分するときに、「余り・不足」が出るのが「過不足算」、「不足・不足」が出るのが「差集め算」と呼ばれているだけで、問題の構造は同じなわけです。(当然、「余り・余り」の場合もあるし、どちらかがぴったり「適量」になる場合もあります。)


で、これらの問題の解き方ですが、中学生以上なら、未知数χを使って、(1)方程式を立てるでしょう。


方程式は使わないで解け、となると、問題の「意味」を考えながら解くことになるでしょう。

問1の「過不足算」の方で考えると、8端ずつ分けて4端余ったのだから、もう1端増やして9端ずつ分けてみると、残った4端が配分できて、3端足りないというのだから、4+3=7端あれば、全員にもう1端ずつ分けられたわけだ。だから、7が人数と分かる。人数が分かれば、布数は、7×8+4=60でも、9×7-3=60でも出せて、60端。

『改算記』には、こうあります。

「まつあまりとたらぬをおき合七たん是則人数としるなり是に八たんをかけ四たんのあまりをくわへてぬの数六十たんとしるゝなり」

この考え方を一般化して、余りと不足の和を、単位あたり量の差(1人あたり配分数の差)で割れば単位数(人数)が出ると定式化したのが、「過不足算」の解法(特殊算)となります。


差集め算の定式化も同様です。『九章算術』には、問2の「術」にこうあります。

「出すところの率を置き、多い方から少ない方を引いて(7-5)、余り(2)を法(割る数)とする。二つともあまる場合も、二つとも不足する場合のどちらも、多い方から少ない方を引いて(45-3)、余り(42)を実(割られる数)とする。実を法で割って(42÷2)人数(21)を得る。この人数に出すところの率を掛け、余りはへらし、不足はたせば(21×5+45、21×7+3)、それが物の価(150銭)である。


さらに、『改算記』には、上の解法(特殊算)の正しさを分かってもらうために、次のような「盗人知図」を掲げています。


たたたああああ

らららまままま

ぬぬぬりりりり

●●●○○○○

八八八八八八八

端端端端端端端

一一一一一一一

人人人人人人人


 この図は、実際に分配した様子を表わす「情景図」と言えるでしょうが、「八端」や●○をタイルで表わすようになれば、面積図となるでしょう。

 『改算記』は、もう一問「12端ずつ分けると12端あまる。14端ずつ分けると6端たりない」という問題でも、同じような「情景図」を載せていますが、人数を答の9人とした図なので、情景図から答を考えさせるということではなく、問題の意味と解法の正しさを後から分からせるという趣旨の図だと思われます。


 『改算記』の情景図から面積図へは、一歩も二歩も思考の飛躍が必要になります。

縦を単位あたり量(1人あたり配分数)として、横を人数とした面積図を描き、8、7、4、3という問題文にある数値を記入していくと、なかば自動的に人数が分かり、簡単な面積の計算で布数もわかる。

 問題文の条件をきちんと面積図に反映させれば、あとは「意味」を考えずに、図形の問題として解けるということは、きちんと立式できれば後は「意味」を考えずに解ける方程式と同じことになります。面積図は、特殊算より普遍的な解法ということで、方程式に近いものと言えます。


 しかし、過不足算の情景図は、面積図にこそ通じているはずなのに、受験算数では、線分図で解くことが多い。それはなぜでしょうか。

 「歴史的薀蓄」でも述べたように、面積図の根底にある「量の体系」の考え方が、戦後、数教協によって提唱されるまで、日本の算数教育の主流ではなかったことが大きな理由にあると思います。

 それに、「量の体系」の考え方(というか、その主唱者たち)と受験算数とは、別に相性がいいわけではない。いま手元に、面積図を駆使して入試問題を解いている『小学算数 むずかしい応用問題の解き方』(栄光学園教諭 岡野公二郎著、法文社、1987年)がありますが、この本も、「量の体系」を踏まえた上での面積図ではないようです。


 高校、大学で方程式が習い性となっている場合、受験算数を教えようとすると大きな途惑いがあります。χが使えない!!

 それで、問題の意味を考えて解いていくことになります。意味がすぐ分かって式が立てられる場合や、そういうセンスがある人は良い。しかし、問題の意味が分からなくて方程式が使えないとなると、図を描いてみるよりほかないが、面積図に慣れていないと、線分図を描くしかない。しかし、内包量の問題の場合、線分図には問題の条件をすべて「数学的に」反映することは「原理的に」不可能(のはず。二次元の関係を一次元に反映することは不可能)。

では、どうなるかというと、描いた線分図「で」解くのではなく、その線分図「を」ヒントにして、問題の「意味」(特殊算的解法)を理解して、式を立てるか、数学的に反映できなかった条件を未知数として(しかし、露骨にχは使えないから、○とか①として)、「線分図+方程式まがい」で解くことになる。

 差集め算・過不足算で線分図を使う場合、以上のようなことになると思うのです。

 つまり(繰り返しになりますが)、線分図は、それで答が出せる「思考図」としてではなく、特殊算の解法を見つけるための「概念図」として使われるか、あるいは、「線分図+方程式まがい」で解くことになるわけです。


 といっても、私は別に、差集め算・過不足算を線分図で解くことが悪いとも、面積図より劣るとも思ってはいない。問題を解く上で、慣れた道具を使うのが良いに決まっている。私には面積図が慣れれているが、面積図は慣れないと使いにくい道具であることは、生徒に教えてもあまり使ってくれなかった経験からもわかる。それに、面積図で解くということは、なかば機械的に解けてしまうので、方程式で解くことと同じように、問題の意味(特殊算的解法)を考えないという傾向にもなる。


 ただ、「方程式」と「特殊算」と「面積図」の3つが、差集め算・過不足算(および内包量の問題)を解く上での3類型としてあり、線分図の位置は、「方程式」と「特殊算」の中間型であることを確認したかったのです。