2019年の10月からの一年半にわたって休職や欠勤早退を続けてきた私には
何も変わらない頭痛と嘔吐が繰り返されてきました。


そんな中で自らの人間性を肉薄して考えて振り返ってみたい。


神経質で懸命に働く方の病気だと思っていたが
まさかこんな形で自分が鬱と向き合うとは思っていなかった。


頼られる存在になってくると自然に自分は
「頑張らないと」という気持ちに変化してゆく。


自制心が芽生え、ある意味自分をコントロールできていないので
これは自制心ではなく放縦心ということになっているのか。


いずれにしても不本意ながら私は心の制御ができなくなった。


初めは軽い頭痛から始まり、次第にやる気(出社する精神など)がなくなり
嘔吐をし、めまいで会社に実際出勤できなくなってしまったのです。


心療内科で「身体表現性障害」と診断されたのは間もなくでした。


病名が複雑なので何度も医師に聞き直したのですが
身体や神経に異常がないのに様々な身体症状や疼痛
神経症状、病気や健康に関する不安に苦しむ状態で
私の症状は極似していました。


一番不安なことは苦しんで仕事に出ていいのか?てことです。


私は成人してから当初までの36年間
仕事は楽しいとキツイが混合されて成り立っていると考えてきました。


ですから、親友や知人からお声があればどんな仕事もこなしてきたつもりです。


いつも気持ちは攻めの気持ちを持ち続けてきたのに
50歳を過ぎたあたりからなぜか守りの自分に変化してました。


簡単な仕事も「後輩の成長のため」などと
鼻を切って立ちいかなくなっていったのです。


そうしているうちに思考と肉体の均等が保てなくなってきます。


それでも会社はどんどんと成長を続けなければならないので
私に要求をしてきますが、もう戻れない自分と走る自分とにギャップができてしまったのです。


彼じゃないとできない、彼だからできるみたいな感じですね。


頼まれただけ一方的に働いていると
私生活(プライベート)と仕事との分別が出来なくなっていました。


けれどメンタルケアを受けていると実は意外なことが要因でした。


発症当初は仕事が原因でしたが、治りかけていたときに
母が昨年亡くなったことやみんな知る芸能人たちのコロナによる死だったようなのです。


いわゆる絶望感みたいなのが一気にやってきたのです。


感情をストレートに出せない私は休職をやむを得ない状況になりました。


何事も一旦心で把握するまで、自由に表現できない私は病にかかってしまいました。


これはたまたまの現象ではなくて、懸命に生きているみなさまにも
きっと起こりえる病気だと思います。


なってしまうとトンネルから出るのは非常に難しく
また誰にもわかってもらえない病気です。


どうかみなさまも心に余裕と身体に優しく生きていかれることをお勧めします。

 

画像はYahoo!さんより

昨夜から調子が悪かった。


朝、目が覚めると気分が悪く、すぐに吐いてしまった。


洗面所を掃除している間に、2度も吐いた。


鏡に映る自分は、歳を取り老いかけた男である。


身体表現性障害になって、もう何年になるのだろうか?


自分自身が覚えていないのだから、それほど深刻なものでもない?


でもない。
実際、ようやく仕事にまともに行きだしたのは最近のことで、
それまでは数日ないしひと月単位で休んでは出勤しを続けてきた。


上司もたまりかねたのだろう「もうこれ以上は他の社員の心身衛生上よくないので」と、
釘をさしてきたばかりである。


吐きながら頭痛とめまいが襲ってくる。


あまりの頭部の痛みに立ち眩みするほどである。


ピントの合わない薄暗い視線で部屋を見ると、
亡くなった母の姿が一瞬見えた気がした。


「死んでしまいたい」


鬱病になってから何度そう考えたろうか?


実際にリストカットや劇薬物を飲もうとしたこともあった。


ただ気がかりなのは、残した妻と子供のことだけである。
自殺なんて近所に知れ渡る時間など数時間である。
肩身の狭い思いを彼女にさせてまで死を選ぶことが有効なことだろうか。


そう自身に言い聞かせて何年も生きている。


生きているというのは辛いことだ。


辛いことばかりではないと人は言うが、私はどんなに些細なことでも感謝し
嬉しいことと置き換えて暮らしてきたが、総体的には辛いが先行している。


しかしそう思うようになったのは、この病気になってからで、
若い頃は辛いなんて感じたことがなかった。


どんなことにも積極的行動的で、理屈ばかりの人間とは争うほど元気だった。


それが今では年下に頭を平気で下げるようにまでなってしまった。


人間の形をした、ただの生物のようである。


医師や側近の者は「明日を考えずに今日をしっかり生きよう」
口で言うのは簡単であるが、もちろん今日は懸命に生きている。


いろいろな理不尽を受け入れながら懸命に生きている。


終日になれば明日の姿かたちが現れてくる。


そうすると心身が抵抗を始めてしまう。


察知するのはいいことだと思うのだが、拒絶反応がよくない。


だから明日の事は考えずにということだろう。


でも考えてしまうものなのだ。


思考を停止する術があるなら伝授していただきたいところだが、
そんな都合のいい技があるわけでもなく、今日もやはり何気なく自然に、
明日の事を考えているのである。こうしてキーボードを叩いていても。


暗闇がどこまで続くのかはわからないが、
せめて雨が降るのか降らないのか?それくらいで止められる思考を持ちたいものである。

 

画像はYahoo!さんより


休職しだして10日になりました。


吐いたり頭痛がひどく、めまいでふらふらして歩けなかったり。


毎日が苦痛でしたが、3日前くらいから調子がよくなってきました。


しかし、この病気はタチが悪い。


治ったと思ったらまた症状が出てくる。


いけないのは、吐いても頭痛でも働けるはずなのに、悪い私が気持ちを抑えてくる。


調子が悪くても、勤務をした日はいくらでもある。


そんなときは必ず良い私が頑張って「いける!いける!」という。


だが悪い私が出てくると「吐いたらどうしよう?頭痛がひどくなったらどうしよう?」
常にネガティブな自分へと変貌させようとするのです。


心のありようなんて自制心があれば大丈夫だと思っていましたが
不思議と止められなくなってしまうのです。


だから仕事じゃなくて遊びに行く、くらいの状態を保ちたいのだが
「いいのか?嘔吐するぞ、頭痛がくるぞ、めまいで歩けなくなるぞ」と
些細なことから悪い私が征服しにやってくるのです。


本当に何もなくて調子がいいはずなのに、ときおり悪い私は現れてきます。


一昨年前の8月から、ずっと復職をしては倒れを繰り返してきています。


本当に今回の休職で私は退職しなければならない状態になっていましたが
温情ある上司のおかげで首の皮一枚でつながっています。


同僚たちも頑張ってとメールをくれています。


こんな歳になった私を本当に暖かく見守ってくれているのです。


その期待が重いのは確かですが、それが鬱の原因には絶対してはいけないと。


蝋梅の葉がチラチラと散りはじめました。
2月くらいには黄色く素敵な香りを届けてくれそうです。


なんとしても悪い私に勝たなくては、きっと復職は難しいでしょう。


うつ病がこんなにも恐ろしい病気だとは思いませんでした。


休めば治るものだと思い込んでいました。


規則正しい生活をし、睡眠をよく取り、散歩を欠かさない
もうそれしか無いと思います。


良い私と悪い私。


どちらが最後に笑うのか、自分が怖いです。

 

画像はYahooさんより