数年前のこと、耳が突然聞こえなくなった。

近所の耳鼻咽喉科へ行くと

紹介状を渡され

隣りの市の大きな病院へ。


突発性難聴だと伝えられ

入院となってしまった。


仕事も順調とはいかずとも

慣れ親しんだ人たちと

和気藹々とやっていた。

それだけに戸惑った。


入院すると

点滴が始まった。

ステロイド薬注という。

ただ怪我や出血を伴うことを厳禁とされ

少人数の感染が比較的少ない病室へ。


数日すると

同僚たちが見舞いに来てくれた

本当に嬉しかった。


気がついたのは数週間後

顔色が明らかに悪い方だったが

寂しかったのかよく話しかけられた。

聞けば

家族は来てくれず

たったひとりの娘さんも

入院してから3ヶ月もすると

顔を見せなくなったらしい。


1ヶ月半の闘病生活も終わり

耳も順調に聴こえだしてきた。


明日

退院という夜のことだった。

もうすぐ

お盆がくるから

餅を用意したから

いっしょにたべないかと

男性が言ってきた。


入院した頃よりも

痩せてしまい

細い声だったが

涙目で声をかけてきたので

いっしょに食べた。


お盆には

家族で団子を食べるのが

楽しみだったと語る彼。


お茶を取りにいき

いっしょに食べると

ほのかに

嬉しそうだった。


退院し

仕事に夢中になっていたが

労災の書類を取りにいくとき

フト

彼が気になり病室を訪ねようと

ナースステーションに向かった。


彼は

私の退院後

3日目に亡くなっていた。


家族の誰とも連絡が取れないと言われ

私につてを求めてきたが

私は名前さえもわからず

餅をいただいたことだけ告げて

その場を離れるしかなかった。


あの男性の

家族はそれで満足なのだろうか?


たったひとりの肉親のそばに

どうしていてやれなかったのだろうか。


私は偶然だが

父も母も往生時にいたので

涙は流したが

よかったと思っている。


人の人生などたいしたものではない。


お金があろうが

大成しようが

そんなのは幸せではない。


最期に

死ぬときにこそ

血の繋がりや

想いを添えた人と共に

去ってこそ

最後なのではないだろうか。


彼の人生最後に

お団子を食べたのが自分だと思うと

涙が止まらなかった。

人生を旅のようなものと表現する方がいるが

かなり人生経験の浅い方だと存じる。


私にとって旅は

楽しいもので痛快なもの

トラブルも旅の醍醐味だ。


しかし

人生は違う

楽しいことの次には苦しみがやってくる

楽しいことが続く方もおられるだろう。

経済的にも社会的にも

持って生まれた環境の違いで

人は希望にも絶望にも相対する。

個人的な感じ方もあるだろうが。


人生はある意味

1本レールがある。

分岐点でレールを変えるのは

あくまでも自分である。

失敗すれば終点もしくは新たな分岐点まで

戻ってくることはできない。


旅は実にその人生の中で

活力や希望を与えてくれる存在である。

それは人生という長い宇宙の中の

小さな光なのだ。


旅の終わりに

もっと

もっとと思う気持ちに偽りはなく

いつも童心に帰らせてくれるもので

あるときには勉強もさせてくれる

それこそが人生の一部だと言えるだろう。


ただ

思うのは

人生を旅のように感じる方は

幸せな人生なのだなと。

ゴールデンウイークが明け、朝の通勤ラッシュが始まった。


途端に大渋滞で幹線道路が動かない。

大阪中央環状線は側道を含めると単一方向5車線の、巨大な道路。

いつもなら、缶コーヒーを飲んで一服できる余裕があるのに。

前の車に続いて行くと、案の定事故である。


合流地点で、トラックと乗用車がパトカーの前に停車していた。

おそらくトラックが支流から合流してくる乗用車を入れずに、追突したのだろう。


車の運転には、その人のモラルや本心が出てくる。

優しい気持ちで運転していれば、おそらく事故は半減するだろう。


普段は気弱で大人しい人間も、車のハンドルを握ると、意地汚い常識外れな運転をする者が多い。

特に長期休日明けに多いのは、休日中の気持ちが終わったことによって、ストレスに変化するからだろう。


車同士なら良いが、もし自転車や歩行者が相手となると、死亡事故にもなりかねない。

どうしてそんな精神状態で車を運転するのだろうか。


はっきりと言えるのは、自分は大丈夫と思っているご本人が、どんな運転をしているか気付いていないから、事故や違反が発生することなのです。


あ!

そう感じたら、アクセルを少し緩める強い心を持ってほしいものである。


五月病は交通戦争にも参加し始めているようですね。

事故渋滞を抜けると、道路はガラガラ、仕事前から長い旅でした。