就職か、起業か?
会社から帰って飯食ったら眠くなってソファーで寝込んでしまいました。
起きると、TVでガイアの夜明けという番組があり、見入ってしまいました。
大卒の就職、本当に大変のようです。既卒で、就職できていない人が8万人いるそうです。
一ツ橋を就職留年し、やむを得ず卒業してからもなかなか就職が決まらず、ようやく従業員8人の会社から内定をもらったとのイケメンの若者もいました。
10数年前、アメリカでもひどいことがありました。企業のリストラで、大卒・院卒の優秀なビジネスマンが職を追われ、ハーバード卒やMIT卒の多くのエリートサラリーマンですらマックやサブウェイの店員になりました。
私の学生時代もそれなりに厳しい時代だったと当時は言われていたのですが、司法試験合格の夢破れ、直前まで就職活動を全くしなかったにも関わらず、それでも複数の企業から大接待を受けいくつかの重複内定をもらうことができました。友人たちも、皆公務員になったり、希望の大手企業になんなく就職できました。
今は全く様変わりです。3年生になってすぐに就職活動に明け暮れなければならないなんて信じられません。
今年某企業に就職した甥は、2浪・院卒というハンディを抱えており、厳しい就職活動のために研究の時間が大幅に割かれました。勉学と自己の確立のための大事な学生時代が、企業の身勝手な理由で就職活動に費やされるなど馬鹿げた話です。
TVで取り上げられた中に、阪大の3年生がいました。母子家庭に育った彼は、母子家庭の子供たちのための学習塾の立上げを企画し、友人たちから資金を集め見事に開業にこぎつけます。
業績低迷にあえぐ企業が金儲けのために新規事業を探索するというのにくらぶれば、そうした私情と義憤を以て新規事業を立ち上げようとしている彼はきっと最終的には成功するでしょう。
因みに、しがないサラリーマンの私に対して、妻は起業しそれなりに成功しています。
起業したのは43歳の時ですから、時間はかかっています。その間に、2人の子供を産み育て、その間、私の何度かの転勤にもついてきて、色々なところでアルバイトをし、企業会計を学びながら、とうとう起業にこぎつけました。
妻の私情は、「私が大好きな手芸の楽しさを、みんなにも教えて上げたい」というシンプルなものでしたが、それは20数年間全くぶれることなく貫徹されました。
私も会社設立やHP・パンフレットの作成を手伝わされましたが、毎日生き生きと仕事をしている妻を見ていると、企業に就職して安定した給料をもらうことが本当に幸せなのか、今日のTVを見ながら疑問に思われた次第です。
ショパン ノクターン遺作
ポーランド出身のピアニスト ウワディスワフ・シュピルマン によるショパンの「ノクターン遺作」。
戦場のメリークリスマスでも主題に取り上げられた名曲です。
是非お聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=Nzmp10Ym2bQ
キーシンやブーニン、中村紘子も良いけど、こうした曲は年齢を重ねた男性ピアニストが弾くと本当に美しい。
ユーチューブの感想に以下の文書を残した視聴者がいました。
This is the most amazing music from chopin
...it makes me wanna cry.
(これはショパンの曲の中で最も素晴らしい。これを聴くと涙が抑えられない)
以前来ていただいた調律師も、「この曲が弾けたら死んでもいい」と言っていました。
楽譜を見た時は簡単そうに思えたのですが、右手の3連符と左手が上手く合わなくて技術的にも結構難しい。
曲に想いを込めて弾けるようになるには、まだまだかかりそうです。
今晩の外食
2日間も家でじっとしていたのは久しぶりです。
それで、夕方は妻の退院祝い(と言っても一泊二日の入院ですが)に、外食することにしました。
以前は函館直送の魚介類を中心とした一品料理専門店だったのですが、数ヶ月前に模様替えしています。
メニューを見ると、以前は結構な値段をしてたはずなのですが、夜でもお得な定食ものがメインになっていました。
楽しみにしていた刺身の豪快舟盛や、巨大ホッケの焼き物、自家製ジャンボウインナ、しゃけのチャンチャン焼き、ジンギスカン鍋もメニューから姿を消していました。デザートによく食べた、北海道牛乳の生ソフトクリームもありません。
仕方がないので、妻はお寿司御膳、私は豚カツ御膳と地鶏のあぶり焼きを注文しました。
豚カツ御膳は、店員さんにご飯だけ下げてもらって、カツの衣は除けていただきました。それと、妻がアナゴの天麩羅とウニとボタンエビの刺身をくれたので結構お腹一杯になりました。
その店は以前はすごく繁盛していたのですが、日曜日の夜にも関わらず、お客様は10人程度。
飲酒運転の罰則が厳しくなり、更に景気が悪くなりで、郊外型の飲食店は厳しいんだなあと、改めて感じました。
帰りの道すがら、「今回があの店の最後かもしれないね」と妻がつぶやきました。
私としては、自宅からクルマで行けて、和食のローカーボ食が摂れる貴重なお店なので、なんとか踏ん張って欲しいと思っているのですが・・・