父の死
昨年12月26日に父が86歳で逝きました。
葬儀で県の元幹部の方から弔辞を読み上げていただきました。
そのお言葉から、父は、それなりに偉大だったことを改めて知りました。
7年前にアルツハイマーを発症し、本人は随分と悩んだようです。
亡くなる1年前には、誤嚥性肺炎で意識不明となり、緊急入院。奇跡的に持ち直したものの、次第に食事もとれなくなり、中心静脈への栄養点滴を4か月ほど続けましたが、遂に尽きました。
傍から見ればもう死が寸前に迫っている状態でしたが、肉親から見ればなんとか少しでも長生きしてほしいとの思いから、治療方法について姉と一緒に随分悩み、医師・看護婦にも大変な迷惑をかけました。
姉弟としては、どうしても父の死を受け入れたくなかったのです。
父の命の尊厳を一番分かっていたのは86歳の母でした。
亡くなる1週間前に、気道切開をするか否かで姉と医師で散々議論したのですが、母は、「気道切開は絶対にしない。おじいちゃんは十分頑張った」とこれ以上の治療を断固拒否しました。
そんな母は、父が亡くなる2日前には、姉と遠方に住む私に電話で、父の声を聴かせてくれました。
今、一人暮らしとなった母を私の所に呼び寄せようとしていますが、母はそれを拒んでいます。
なんとなく母の偉大さも分かりつつあります。
高血糖脱出最終章
昨日の検査結果は、A1cが6.2と正常値に近づいてきました。
この一ヶ月は、うな丼や蕎麦、カツ丼等を食し、相当な糖質を摂ってきたにも関わらず、この数値です。
1年半前に始めたローカーボ食(糖質制限食)による14kgの体重減少と服薬がここにきて一気に効いてきたのでしょうか。
思えば1年半前、A1c値は9.1と入院寸前の状況でした。
強いSU剤を飲みながらの数値ですので、そのまま推移すれば、インシュリン注射に移行し、今頃は腎臓透析に至っていたでしょう・
糖尿病歴16年の私の場合、現在でもクレアチニン値は50強と、腎症Ⅱ期にあるので、そのまま低カロリー・高糖質の食事療法と膵臓を叩いてインシュリンを出し続ける服薬という旧来型の治療法を続けていれば、そうなっていても不思議なことではありません。
それが、ローカーボ食で各種検査値は一気に改善、以降はメトグルコを中心とした服薬治療の併用で更に徐々に改善することができました。
さすがに、今回のA1c6.2という数値は、先月から服用を始めたDPP4阻害薬のネシーナが寄与したものと思いますが、好きなモノをそれなりに食しながらの結果ですので大満足です。
昨年は、私に従来型の治療と食事療法を施してきた医師や栄養士に恨みを持った時期もありましたが、今では「そんなアフォな医師、栄養士はどこにでもいる。病人である本人が自分で勉強しなかったのが悪い」とも思えるような余裕もでてきました。
自身で、ハーパーの生化学を勉強し、釜池医師、江部医師だけでなく旧来型の治療を主張する医師も含めて彼らの著作を読んで勉強すれば、なにが正しいのかは明白です。
私の検診数値の大幅な改善に驚愕した会社の産業医も、今ではすっかり糖質制限食の推奨者になり、社内の健康講話で「炭水化物は少なくしましょう」と声高らかに叫ぶようになりました。
糖尿病は一生治らない(治りにくい)病気ではあることは十分承知していますが、私自身のステータスは「高血糖からの脱出の最終章」だと思っています。
糖尿病に悩む多くの方が、私のようにローカーボ食によって高血糖から脱出されることを願っています。
再臨界?核分裂?核爆発?
ネット上では以前から、未だに福島原発から放射能が出続けているとの情報がありましたが、今日になって東電が2号機が核分裂していることを認めました。
メディアによって、核分裂と言ったり、再臨界と言ったりしていますが、事実は、そしてそれがもたらす結果はどうなんでしょうか?
武田邦彦氏のブログには、
「冷やすために水を投入しているので(水は核爆発を誘発する)、本来は水を投入しない方が良いのだが、核爆発の可能性を作っている。しかし、全体状況からいって避難する必要はないと思われる。東京、神奈川以北から宮城まで、風向きに注意をすること、インフルエンザ用のマスク、それに2,3本のペットボトルを用意する必要はある。」
と意味深なことが書いてあり、これまでにないような彼のこの表現には不安を感じずにいられません。
万一にも核爆発でも起これば、私が住んでいる中部地区にも決して無事でいられるような気はしません。
悪戯に危機を煽ることはもちろん慎まなければならないことですが、ここに至って賛否両論がある木下黄太氏がブログやツイッタ―で言っていることのかなりの部分が当たっていることを認めざるを得ません。
今日、会社から勤続30年の記念品の目録をいただきました。
妻は、
「30年間、会社が倒産することも無く、リストラされることもなく、今まで来れたのは幸せだね。」
と言ってくれましたが、1963年に日本に最初の原発の火が灯ってから今年の福島原発事故まで48年の間、事故が無かったことを幸せに思わなければならないのかもしれません。
既に老朽化して事故の発生が懸念されている玄海原発が、福島2号機の再臨界発表前に静かに再稼働されましたが、大地動乱の時代にあって再び大地震が起こらないことを祈るのみです。