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 ヤンキース松井秀喜が抱負

   顔に×印・・・ 松井秀喜が地元石川で抱負 


 米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手が6日、地元石川県能美市で開かれた市民の集いに参加した。

 訪れた約1000人のファンに「1年のスタートはいつもここから。去年、一昨年とけがで満足なプレーができな

 かったので、その分をしっかり取り返したい」と今年の抱負を語った。


顔に×印のテープを張られた松井秀喜 能美市で開かれた市民の集いに参加し、ファンとのゲームで

負けた罰で顔に×印のテープを張られた松井秀喜選手は

「昨年は思うようにプレーできず、残念な思いをさせてしまいまし

た。今年は厳しいスタートになるかもしれない。危機感を持って

臨みたいと思います」と今年の抱負を語った

市民の集いは同市の合併前から毎年行われ、今年で13度目。

「恒例」となっている結婚についての質問には「もうしばらくお待ち

ください」と答え、会場のホールを沸かせた。
 

また、少年野球の子供からバッティングについて聞かれると

「手術以来初めて」というスイングを披露。ミニゲームでもバドミン

トンのシャトルをバットで打ち返すなど、けがからの順調な復?を

アピールしていた。

                       参考資料=(産経新聞・他)



 乙武洋匡さんに待望のジュニア誕生!

  結婚7年目、乙武洋匡さん待望のジュニア誕生

   「五体不満足」のベストセラー作家で、昨年4月から都内の小学校教師に転身した乙武洋匡さん(31)に

   第一子が誕生していたことが4日、分かった。妻の仁美さん(29)が3日、3106グラムの男児を出産した

   もので、夫妻にとっては7年目にして待望のジュニア誕生となった。乙武さんは出産にも立ち会ったという。


乙武洋匡さん 乙武さんは2001年3月、早大の1年後輩の仁美さんと入籍。「ギャンブルみたいで楽しい」と話す仁美さんに、乙武さんも「数十年続くギャンブルに、必ず成功してみせる」と返すなど、一躍話題のカップルとなった。

スポーツライターやキャスターとして活動するなかで、障害者の性生活についても積極的に発言してきた。出演したTV番組では、ラブホテルのエレベーターが狭く障害者に不便であることを鋭く指摘。「僕だってラブホテルぐらい行きますよ。目立ってしまうから大変です」

「自分は健康な青年ですから、性欲も当然あります」などと堂々と語っていた。


   HPでは 「わが家に第1子が誕生いたしました。3106グラム、元気な男の子です。素晴らしい新年の

   幕開け。皆さまにとっても良き年となるようお祈りしています」 と報告している。
                                                   参考資料=(夕刊フジ・他)

 昭和の味 カレーなど続々復刻

  <昭和の食卓>ボンカレー、サイダー、ビスコ…復刻版が続々


 昭和に親しんだ味とともに忘れられないのが、商品のパッケージ。時代を映す復刻版が続々と登場している。    

 駄菓子も再び脚光を浴び、懐かしの味を求める大人が増えている。



ボンカレー

ボンカレーの「全国の顔」は松坂慶子さん(手前)に代わったが

初代・松山容子さんのパッケージも沖縄限定で販売されている


 日本で初めて開発されたレトルト食品「ボンカレー」は今年、40周年を迎える。07年5月、女優の松山容子さん

 がほほ笑む発売当時のパッケージを全国50万食限定で販売(168円)したところ、2~3週間で売り切れた。

 「飽食の時代にレトルトの良さを見直してほしかった」と、大塚食品(本社・大阪市)加工食品事業部の

 下村晃弘さん(39)は話す。

 「お湯で温めるだけのカレー」は1968(昭和43)年に誕生。 素うどん50~60円に対し、80円は少し

 高かった。しかし、核家族化も手伝い、73(昭和48)年に年間販売1億食を達成。78(昭和53)年に

 香辛料やフルーツをぜいたくに使った「ボンカレーゴールド」が発売され、主流になった。

 平成に入り、03年に電子レンジで箱のまま温められるタイプが登場。05年に顔も女優の松坂慶子さんに

 代わった。  松山さんのパッケージがいまも残るのは、人気の根強い沖縄だけ。

 

  ◆三ツ矢サイダー

 淡い水色瓶に大きな赤い矢羽根の紙ラベル--。「三ツ矢サイダー」の70年代に消えたデザインを再現した

 アルミ缶(300ミリリットル、120円)が昨年5月、登場した。  アサヒ飲料(本社・東京)との共同企画で

 ダイドードリンコ(本社・大阪市)の自動販売機で販売されている「復刻堂 三ツ矢サイダー」だ。


 1884(明治17)年に市販され、明治の瓶は緑色だった。大正末には天ぷらそば15銭に対し1本23銭の

 高級品だったが、宮沢賢治も愛飲。昭和には水色瓶となり 「宮内省(当時)御用達」 のラベルも。

 1972(昭和47)年に紙ラベルは消え、青地に三ツ矢印が抜かれたプリント瓶となった。


 2004年に香料すべてを天然素材とした平成の味は、かんきつ系の酸味と強めの炭酸がさわやかだ。


  

  ◆ビスコ坊やは5代目

 乳幼児から大人まで人気の、江崎グリコ(本社・大阪市)の「ビスコ」。 発売当初の1933(昭和8)年

 再生産された51(昭和26)年、売り上げが伸び始めた66(昭和41)年のパッケージが復刻されている。

 3個パック525円。全国17店ある「ぐりこ・や」の限定商品だ。マーケティング企画室の山崎雅夫参事(52)は

 「団塊世代が懐かしみ、若い人もおしゃれと言う。01年からあり、レトロブーム便乗ではない」と言い切る。

 酵母入りビスケット「コービス」として開発され、逆さにしてビスコと名付けられた。  最初は10銭だった。

 デザインは一貫して大きな白の丸抜きだが、柿色地から赤地に変わった。ほおを膨らませる「ビスコ坊や」も

 平成の5代目は目がぱっちりで、あごがほっそり。復刻版の中身は乳酸菌入りの平成の味だ。

 昭和の味は「レモン風味のクリームの甘さは変わらず、ビスケットの食感が硬かったのでは」」(広報IR部)と

 いう。

 <箱根駅伝> 駒大総合優勝!

   箱根駅伝:駒大が3年ぶり6回目の総合優勝 復路で逆転

    第84回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は3日、神奈川・箱根町から東京・大手町までの

    復路5区間109.9キロを行い、往路2位の駒大が復路で逆転し11時間5分1秒で、4連覇した05年

    以来3年ぶり6回目の総合優勝を果たした。



総合優勝し胴上げされる駒大の大八木弘明監督 駒大は往路優勝の早大から1分14秒遅れでスタート。

6区では差が開いたものの、7区で追い上げ、8区の

深津卓也(2年・東農大二)が区間賞の力走で詰め寄った。


9区で堺晃一(4年・飾磨工)が早大をかわして首位に立ち

逃げ切った。

05年まで4連覇したが、その主力が抜けた06年は5位。

昨年は直前に体調を崩す選手も出て7位と惨敗した。

「最初の負け(06年)は力がなく、昨年は精神的に弱かった」と大八木監督。立て直しが急務だった。

 

 12年ぶりに往路を制した早大は2位。9区で篠藤淳(4年・飾磨工)が区間新記録を出した中央学院大が

 過去最高の3位に入った。出場を逃した大学からの選抜メンバーによる関東学連選抜が4位と大健闘した。

                                                      参考資料=(毎日新聞)

 <サッカー天皇杯>鹿島優勝!

<サッカー天皇杯>鹿島優勝 7年ぶり3度目


    サッカーの第87回天皇杯全日本選手権は1日、東京・国立競技場に4万6357人の観衆を集めて

    決勝を行い、鹿島(J1)が広島(J1)を2-0で降し、7年ぶり3度目の優勝を果たした。

    鹿島はJ1リーグ戦に続き2冠を達成。

    リーグ年間王者、ナビスコカップも合わせると、通算11タイトル目を獲得した。



優勝を決め記念撮影でおどける鹿島イレブン


  

   鹿島は立ち上がりから主導権を握り、前半8分にDF内田のゴールで先制。後半ロスタイムには

   MFダニーロの得点でだめを押した。広島の反撃は堅い守りでしのぎきった。

   J2降格の決まった広島は前身の東洋工業時代以来、38年ぶりの優勝を目指したが及ばなかった。

   Jリーグと天皇杯の優勝チームが対戦する3月1日のゼロックススーパーカップ(東京・国立競技場)は

    2冠の鹿島と、天皇杯準優勝の広島が対戦する。

    ▽鹿島・オリベイラ監督 選手、スタッフ、サポーターが一体感を持ってやってきた成果が出た。

      広島もすばらしい選手がそろっており、我々の勝利の価値を高めてくれた。
 
    ▽鹿島・内田 (先制点は)相手に囲まれていたので、逆サイドを狙って打ったら入った。

      長かった1年をこういう形で終われて本当にうれしい。

                                                     参考資料=(毎日新聞)