習い事の発表の参考にするため
弟と母は池袋のサンシャイン水族館へ
私は夜勤前だったので参加できず・°・(ノД`)・°・

弟から送られてきたマンボウと母から送られてきたアロワナさん

LOVE・END・YOU



LOVE・END・YOU



LOVE・END・YOU


昨日、今日と弟の学校は文化祭
昨日は在校生のみの開放だったので私と母は今日参加

11時~12時まではクラス展の受付をしているということで
11時半頃学校へ

中庭で発表をしているダンス部の爆音をくぐり抜け
迷路みたいな校内を通り抜け弟のクラスが出店をしている教室へ

教室に入るとクラスメート2人と3人並んで受付をしている弟
私の姿を見つけ片手を上げて挨拶をしてきたので私もヾ(*゚▽゚)ノ
「普通に高校生してるなぁ」というのが
私と母の感想

正直、夏休み中の学校側との協議はかなり神経使ったし
未だに校医とは相互理解が出来ていなかったりするのだけれど
だからこそ、弟が学校という場に帰れたこと
そして受け入れられ、そこに居場所があることを
自分の目で見られて嬉しかった
とても嬉しかった


LOVE・END・YOU

学校というのは学生である弟の
一番身近で一番小さな母体集団

9/3からの学校生活
クラス及び学年集会で
担任の先生が弟の状況を説明して下さったので
学年(二年生)は知っているのだけれど
こんな話が広まらない訳もなく
何かと目立つ存在であったこともあって
おそらく学校中に広まっているのだろう

話を聞いていると、
学校の方達の弟の状況及び弟自身への対応は
大体3種類に分けられるよう


まず一つ目
『記憶があろうがなかろうがお前はお前じゃんタイプ』
先生も生徒さんも最も親しかった人達に多い感じ
彼らにとって大切なのは弟が弟であることであって
弟の本質は変わらない以上、
一学期までの付き合いと何ら変わらないというスタンスなのだろう
「なんだよーお前一緒に○○やろうって約束してたの忘れたのかよー」
の拡大版みたいなもの
「なんだよーお前俺と友達やろうって約束してたの忘れたのかよー」的な
だから9/3から
また新たに関係を築けばいいと思ってくれているのだろうし
実際そうしてくれているのだろう
これが出来る先生、生徒さんは凄いなと思う

二つ目
『触れてはいけないことかな?タイプ』
これが大多数
弟と同じ状況に陥った人を集めたなら
こういう対応をするのがベストな場合が多いと思う
傷には触れられない方が、触れない方がいいという
だからこれがある意味“正答”とされる対応かなという気がする
弟という人間をあまり良くは知らず、
クラスメートや同級生程度の付き合いであれば
この対応になって当然というか
弟はオープンすぎる程オープンというか
この状況を隠そうとも恥ずかしいこととも思っていないから
(実際、隠すようなことでも恥ずかしいことでもないからね)
もっと突っ込んできてくれて構わないのに、と
ちょっと歯がゆいようだけれど

三つ目
『気にしてないフリをしつつ陰でとても気にするタイプ』
話しかけたり、目を合わせたりしない
でも遠くからジロジロ見ている
弟に直接話しかけはしない
けれど色々と話している
そんな人達
異端だから、分かりはする
自分の存在から改めて認識してもらわなきゃいけないって
ある意味、恐怖ですよね
分かりはするのだけど…という感じです


近しい人間ほど置き去りにされた想いは大きく強いと思う
私や母にもそういうものがあるように
弟の友人の幾人かにも
もうけして果たされることのなくなってしまった約束があるでしょう
自分と弟、二人だけが共有していたのに
永遠に一人で背負うことになってしまった過去や思い出もあるでしょう
それでもまた弟に関わろうとしてくれる方達
素晴らしい方達だなと尊敬と感謝を抱きます
『ありがとう』

学校から帰ってきた弟が
「ねぇ…残酷な質問していい?」
「…うん。何?」と私

「今の俺が消えて○○(前の弟)が戻ってくるのと、
このままと、どっちがいい?」


あぁ…確かに残酷だ
けれど答えられるよ
だってこの質問はこの1ヶ月半の間、
自分で自分に幾度となく問いかけてきたものだったから
8/3以前の弟は8/4以降の自分を知らない
8/4以降の弟は8/3以前の自分を知らない
例えばいつか記憶が戻ったとする
その場合、2012/8/4から記憶が戻った時までの記憶は
逆に消える可能性が高い
そういう風に分けることが適当なのかどうかはともかくとして
前の弟が戻るということは、今の弟が消えるということ

“残酷”
それは質問をしなければならない弟自身に対してだと思う


1ヶ月半かけて出した私の答えを正直に答えた
「あなたは何十年経っても、例え死ぬ間際に聞いても
私を姉と思ってくれることは…その実感を持つ事はないでしょう?」
「うん」
「それは凄く淋しい。哀しい。あなたが生まれた日、私は本当に嬉しかった
××(上の弟)は2歳半しか離れていないからあまり姉の実感はなかったの
だからこそ、あなたが生まれて私は姉になった
だからそのことは本当に淋しいし哀しいよ?
でも、前のあなたに戻ったとして『え~俺この2年間の記憶ないんだけれど!?』って
そこから新たに暮らしていけるかって言ったらそれは有り得ない
耐えきれない現実があったからこそ○○(前の弟)は消えた
だから、あなたの幸せを願う者としてはその状態に戻って欲しいとは思えない
利己的だけれどそれが今の気持ち」


弟が返した言葉は
「優しいね」


私は優しくなんかない
ただ苦しむあなたを見たくないだけだ
そしてその気持ちの裏には
あなたが自分の全てを消してしまうまであなたの苦しみに気付けなかった自分
それを直視したくないという気持ちが絶対に含まれている

姉であったのに
守りたかったのに
守ろうと誓ったのに
それなのに何も出来なかった
前の弟も今の弟も私を責めはしないだろう
誰のことも責めないだろう
だからこれは私の中の罪の意識
それを感じることすらきっとエゴだ
自己満足でしかない
LOVE・END・YOU
関連性のないこの3つの英単語
それをブログ名にした理由




TwitterのTLに流れてきたこの画像
心理テストの一種なのでしょうね
自分自身やった後で、こうなる前の弟にメールで送りました

私『最初に見つけた3単語があなたが人生で欲しいものだって。』
弟『www』
私『何よ。教えてよ』
弟『Love End You』
私『仲間!3つ目以外一緒』
弟『3つ目なに?』
私『Power』


私と弟の間のこんなやりとり
当時は、あぁやっぱり私達似てるんだな…なんて思いました


弟が記憶を失って、最初のバタバタが落ち着いた頃
この出来事を思い出しました
時間感覚も麻痺してしまっていたので
メールの送受信履歴を確認

…それは8/2のことでした
倒れる前日
ある意味、弟が最後に遺した“己”というものかもしれません

自分を探している今の弟に伝えたい
でも、これは伝えていいことなんだろうか
『Love End You』
どれも重すぎます
特にEndという言葉はまるで
それから起きることを暗示するかのような

私の方からは言い出せずに更に一週間程が過ぎた頃
弟が自分の携帯のデータを見たらしく
「この画像何?」と聞いてきました
私はある意味ホッとして、画像の説明をしました
自分が私に送ったメールはまだ見ていなかったらしく
「で、俺の答えなんだったの?」と聞くので
ふと思い付いて
「教える前にもう1回やってみてよ~」と頼みました

答えは
『Love Beauty Success』
同じ液晶で、同じ視力で、同じ英語力で…
失ったものと得たものを想いました

弟はEndとYouを得られたのでしようか
ならば、Endは記憶喪失という形での終止符を
Youは今の弟を示すのでしょうか
答えは永遠に分かりません

答えのない永遠の謎
それをこのブログに名付けました
『Love End You』